だけど、いつも上っ面で生きているような名前が一瞬だけ、その心の奥をみせたような気がした。
仕事に取り組む真面目な横顔も、
目があったときに向ける微笑みも、
すべてが作り物のような彼女が、マイケルに向けた切なげな眼差しだけは"本物"だった。
そんな瞳で哀願されては、流石の自分でも拒むことができなかった。
それに使用人の質が高まるのは悪いことではないし、下男の面倒をみたいという申し出を拒否する理由は特にない。
それよりも、いま気にかかるのは……
(パシン!)
ダンスレッスン室に乾いた音が木霊し、珍しく取り乱した名前の姿が脳裏に浮かんだ。
……驚いた。
まさか繋いだ左手を思い切り撥ね付けられるとは思わなかったからだ。
振り払った当の本人は額に大量の汗を浮かべ動揺しており、その行動がわざとではなかったことを物語っていた。
つまり、それは本能的に起こしてしまったということだ。
ロドキン夫人は男への耐性がないからだとかフォローしていたけれど、どうみてもアレは……
(まさか自分がそんなに嫌われていたなんて……)
グレイは自分でも思ったよりショックが隠せなかった。
職業柄、人に恨まれることには慣れていたし、名前に嫌われるようなことをした覚えがない……ワケではない。
それでも。それでも彼女に拒絶されていると思うのは何故だか釈だった。
***
「ジャガイモを剥くのがうまくなったんだって?台所女中のメアリが褒めてたわよ、マイケル」
「へぇ、そう」
23時53分。
全ての仕事と寝支度を終えると気づけばこんな時間になっていた。
暖炉の光が照らす部屋で、ベッドに潜ろうとするマイケルに声をかけると彼は素っ気なく返事をした。
けれど、ぶっきら棒な物言いとは裏腹に彼の頬は明るく、どうやら照れているようだった。
(素直じゃないのね)
その様子に名前は内心でくすりと笑った。
褒められて喜ぶ、マイケルは年相応な愛らしさを持つ少年なのだ。
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