昔、たまたま街に来た水兵に人魚の噂を聞いたことがある。
お伽話に登場するようなものではなく、本物の人魚はセイレーンといって美しい歌声で船を誘い、人を喰らう恐ろしい魔物だと……。
(私は”人魚”になると決めたのだ)
父を殺した仇を喰らう人魚になると──…
***
頭は朦朧とし、喉は痛み、全身の気だるさに目を開ける。
すると、心配そうな面持ちの王宮のメイド長と目があった。
「あら、目が覚めた?」
おかしい。さっきまで、チャールズ・グレイの仕事を書斎で手伝っていた筈なのに、何故 自分はいまベッドの中で横になっているんだろうか。
「あの、メイド長……」
メイド長は縫いかけの刺繍を横に置くと、名前の額に手を添えた。
「ん、もう大丈夫みたいね。アナタ凄い熱で倒れちゃったのよ」
「熱……」
「そうよ。体調が悪い時は無理しちゃダメよ。グレイ伯爵があなたを抱えてここまで来た時は驚いたわ」
「え!?グレイ伯爵が!?」
名前はメイド長の言葉に驚いて思わずガバッと身体を起こした。
「ええ。貴女のことをすごく心配そうなご様子で……あんな風に取り乱したグレイ伯爵は初めてみたわ。
後でお礼を言っておきなさいよ」
濡らしたタオルを名前の額に起きながらそう言うとメイド長は部屋を出て行った。
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