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『ったく、ムカつく!あの女っ!!』
苛立ちを隠しきれないグレイは舌打ちをすると、傍にあった椅子を思い切り蹴飛ばした。
ガタ…っガシャン、パリン…!
その衝撃で机の上のティーセットがすべて床に落ちて、粉々に砕けて散乱したけど、まぁいい。
どうせメイドが片付ける。
(それよりも、問題はあの女……名前だ)
アシュレイ侯爵と寝るように促したら、やっとあの女が顔を歪める様を見ることができると思っていた。
それなのに……
***
「……わかりました」
少しの間をおいて、名前の出した返事はそれだった。
『……は?』
予想だにしなかった答えに、思わず間抜けな声をあげてしまった。
「それがアナタの命令であるなら、仕方ありません。アシュレイ侯爵のお誘いをお受けします」
そう言うと、名前は部屋を後にして、アシュレイ侯爵に指定された場所に向かっていった。
あの女は馬鹿だ。
(まさか、本気で行くなんて……)
どうして、あの女だけは思い通りにならない。
どうして、彼女のこととなるとこんなにも苛つくのだろう。
***
チャールズ・グレイは今朝からゴキゲンだっだ。
(ずっとニヤニヤしてるから、何か企んでるんだろうとは思っていたが、“こういうこと”か──……)
名前は深夜の宮廷内を歩きながら、ぼんやりと思った。
チャールズ・グレイ。あなたに復讐するためなら、例えそれが変態ジジィとだって寝てやりますよ。
目的のためならそれくらいのこと、なんら苦ではない。
それより、意表を突かれたようなチャールズ・グレイの滑稽な顔といったら……思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。
きっと、彼はこの件を拒むだろうと予想していたのだろう。
……しかし、残念。
(あなたという人に取り憑かれたその日から、私は純粋さを失っていたのだから)
「入りなさい」
指定された場所に行き扉をノックすると、アシュレイ侯爵と思われる人物から返事があった。
「失礼します」
(ギィィィイ‥)
扉を開けると、部屋の中央のソファにアシュレイ侯爵が座っていた。
「よく来てくれたね。さぁ、掛けなさい」
名前は侯爵に言われるがまま一礼して向かいのソファにかけると、彼は満面の笑みで話を続けた。
「いやぁ、グレイ伯爵には無理なお願いをしてしまったね。キミは彼のお気に入りのようだったから、今夜は来てくれないかと思ったよ」
名前はアシュレイ侯爵のセリフにふふっと笑って返す。
「確かに旦那様にはよくして頂いておりますが、アシュレイ侯爵が思うような間柄ではありません。ただの主人と使用人です」
そう言うと、いつの間にか向かいのソファから名前の隣に腰掛けてアシュレイ侯爵は、彼女の髪に皺だらけの自らの指を絡める。
「彼にも同じことを言われたよ。……まぁ、私にとっては君達が主従以上の関係であろうが無かろうがどうでも良いことなんだがね」
その瞬間、ネクタイを緩めた音が聞こえたかと思うと彼女は天井を仰ぐ体勢になった。
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