***







息を殺せ。
気配を殺せ。


今この瞬間の総ての音を支配しろ。












夜の帳に紛れて、何者かがゆっくりとこの屋敷の当主の部屋を開ける。












今聞こえるのは、部屋の主の寝息と屋敷の裏にある海の波音だけ……





ザザ…ザ…ザアァン…











何者かは当主のベッドの傍に立ち、刃物をキラリと光らせる。











…──そのとき、










『──誰?』





寝ていた筈の当主の瞼は開かれ、暗闇に紛れた人物の正体が明かされる。







当主が蝋燭に火を灯し、明かりに照らされたその人物は……







『……名前?』


「あら、すみません。起こしてしまいましたか」







暗闇の不審者の正体は、なんと最近 彼の近侍になったばかりの名前だった。









『なに……してんの?』








名前は真っ暗闇の中でただ黙々と彼の愛剣の刃先を磨いていた。







「旦那さまが寝ている間に剣のお手入れをしておこうと思いまして」


『余計なことしなくていーから!近侍(ヴァレット)ごときがボクが寝てる間に勝手に部屋に入らないでくれる?!』






グレイは名前から剣を取り上げると、そう怒鳴った。







暗闇で名前の顔がよく見えないため彼女が今、どんな表情をしているのか分からない。










「……かしこまりました」












数秒の沈黙のあと、名前の呟くような了承が聞こえた。






『……アンタはボクに言われたことだけやってればいい』


「はい……」





名前が部屋を出ていった後も、彼の胸の高鳴りは止まないでいた。







(らしくない。普段、何事にも無関心な自分が声を荒げて感情的になるなんて)










生まれて初めて、自分のリズムを他人に崩されつつあることにチャールズ・グレイは動揺していた。



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