広間に通されると流れだす優雅な曲。
美しく着飾った貴婦人達。
華やかだけど、本質が田舎者の私は夜会の雰囲気にいまだ馴染めない。
『あっ、あのケーキおいしそー』
そう言って彼は派手なケーキの方に、ふらふらと吸い寄せられて行く。
「まっ……待ってチャールズ!」
彼は甘いもの……というか自分が気に入った食べ物やお酒に目が無い。
食べ物に意地汚いところは、とても裕福な貴族の当主とは思えない。
慌てて彼を追い掛けると、急いだ所為か誰かにぶつかってグラスの割れる音がその場に響いた。
……──ガシャンッ!
「きゃっ」
割れる音と同時に貴婦人の小さな悲鳴が聞こえた。
どうやら、ぶつかった拍子に彼女の持っていたグラスが床に落ちてしまったようだ。
「ごめんなさいっ!大丈夫ですか!?」
私は、慌てて貴婦人の手を引く。
幸い演奏家達の弾く曲が激しい曲に変わったため、
片付けに来てくれた使用人以外は誰もこの出来事に気付かなかったらしい。
「お怪我はありませんか?」
ハンカチを取り出して貴婦人に訊ねると、彼女はそっと顔をあげる。
見たところ貴婦人はサラと同じくらいの年齢だと思った。
ブルネットの髪とブルーの瞳でとても綺麗な顔立ちをしている。
「えぇ、大丈夫で──……」
言いかけた時、
貴婦人は私の顔を見た途端、瞳を大きく見開き 唇をわなわな震わせ、全ての動きを止めた。
「貴女は……」
『名前ー、何してんのー?』
彼女が何か言いかけた瞬間、チャールズの気の抜けた声が遠くから聞こえた。
『どうしたの?』
そういう彼の手にはケーキの一切れが乗った皿がしっかりと握られていた。
「それが……私 彼女とぶつかっちゃって……」
『彼女?』
その場に駆け付けてくれたチャールズが、私の背後にいる貴婦人を覗き込むと……
驚いたように彼女を見た。
『アンタは……』
そう言いかけて口をつぐんだ。
チャールズは瞬時にいつもの社交界笑顔を張り付けると、丁寧に貴婦人に挨拶をする。
『お久しぶりです。
オールコック男爵夫人』
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