その日の空は、何処までも明るく紅く、鬱陶しい程に晴れ晴れとしていて。
オメガはその日中々帰ってこなかった。てっきり、家に居るものだと思っていたから、
学校から帰る前に声を掛けにも行かなかった。今思えば、それがボクの失態だったのかも知れない。
コチコチと秒針を刻む壁の時計。ボクは落ち着きが無く家の中をうろうろとする。
オメガの身に何かあったら・・・・・・そう思うと不安で不安で、胸がぎゅうっと、締め付けられるようだ。
ボクは直ぐにでも家を飛び出して、彼女を探しに行きたかった。行きたかったけど、もし入れ違いでオメガが帰ってきたら。
そう思うと探しに行けなかった。

―――夜の帳が降りはじめた頃、鈍い扉の開閉音が聞こえた。

「っオメガ!!」

慌てて玄関に駆け寄ると、そこには制服姿のオメガが居た。ボクはほっと胸をなで下ろす。

「良かった。心配したんだよ?」

ボクが声を掛けると、すまない、と消え入りそうな弱い声。

―――何かが、変だ。

胸がザワザワした。声を掛けようとすると、乱暴に手を振り切られ、逃げるように浴室に駆け込んで行く。

「オメガ?」

ガラス戸越しに声を掛ける。返事は無い。
オメガの着替えとバスタオルを置いて、そっと出ようとした時だった。

「っう゛っぐ・・・・・・・・・げほっげほっ!!」

苦しそうな吐瀉音が聞こえて、慌てて扉を開ける。
そこには、余りにも弱々しくうずくまった、小さな小さなオメガの姿があった。

「オメガ!」

服が濡れるのも構わず、オメガを抱き起こす。冷たさに顔を上げると、シャワーから流れていたのは冷水だった。
慌ててお湯に切り替え、汚れたオメガの身体を丁寧に洗い流す。
すると、オメガが縋るように抱きついてきた。身体が小刻みに震え、泣いているのだと理解する。

「ゴメン・・・・・・オメガ、ゴメンネ・・・・・・」

満身創痍のオメガをなんとか支え、新しいシャツに着替えさせ、ベッドに寝かせた頃には10時を回っていた。
ごめんなさい、ごめんなさい、と弱々しく泣き縋るオメガを、ボクは唯慰めることしか出来なかった。






「――――ん、イ・・・・・・・・・クス?」

次の日の昼頃、オメガは目を覚ました。慌てて掛けよって、大丈夫?とその小さな手を握り、頭を撫でる。
オメガは何か言おうとしていたが、ボクはそれを遮り、擦ったリンゴとお茶漬けを持ってきた。
まずお腹に何か入れなきゃ。そう言うボクは、上手く笑えているだろうか。

その後で、ボクとオメガ、共通の数少ない友人から、オメガが男性教師に連れられて教室に入っていったのを見た、
という話を聞いたとき、ボクは叫び出さないのが不思議なくらいだった。
本当は、怒りで可笑しくなりそうだった。オメガをこんな目に遭わせた奴は、例え誰であろうと絶対に許せない。
滅茶苦茶に、八つ裂きにしてしまいたい。ボクの目が怒りに震えているのに気がついたのだろう。
オメガはそっとボクの肩に手を当てると、弱々しく首を振った。それでも―――それでもボクは許せなかった。
無力な自分が、好きな女の子一人守れない自分が、唯々憎たらしかった。


オメガの口に、そっとさじを運んで行く。最初は躊躇していたが、吐いてしまい、何も中に入っていないのだ。
そっと口に含んで、少しずつ食べ始めた。

「―――美味い」
「そう?良かった・・・・・・・」

ボクはそっと笑う。

「・・・・・・お前、学校は?」
「今日はもう無いよ」
「・・・・・・そうか」

嘘を吐いた。連絡は入れたが、今日は休学したのだ。担任の教師は受験が―――等と難色を示していたが、受験がなんだ。
そんなものより、今のボクにはオメガが、オメガだけが大事だった。

食べ終わったオメガをそっと撫でて立ち去ろうとすると、ふいに服の裾を捕まれる。

「オメガ・・・・・・・・?」
「嫌、だ」
「嫌?」

ボクは立ち止まり、オメガに向き直った。

「此処に居て。俺を一人にしないで。イクスゥ・・・・・・・・・」

酷く弱々しげな、オメガの声、怯えた瞳。よほど、怖い目に遭ったんだろう。

「うん、うん。此処に居るからね」

ボクは部屋の隅のミニテーブルに食器を置いて、オメガの傍により、優しく頭を撫でる。
すると、彼女はゆっくり頷いて、安心したように寝息を立て始めた。

ねえ、オメガ。ボクは、まだ情けない男かも知れない。
脆弱な奴かも知れない。それでも―――
君の為なら、ボクは何でもするよ。


――――君が為に。小さくとも強い思いは、静かに燃えて―――

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