どうやら君には敵わないようだ

 
仕事からの帰り道。なんとなく、いつもは通らないルートを使ったら、スーパーの前で不安げに佇む小さな影を見つけた。

「傘、無いのか?」

「…あ、錫也。ううん、あるよ。ただ――ちょっと、ね」

満月ははにかみながら、自分の抱える大きなナイロン製の袋を見せてくれた。その右手首には、細身のシルエットの傘が提げられている。なるほど。シンプルなデザインのエコバッグはかなり膨らみ、袋の口まで中身が迫っている。つまり、傘はあるけどさせなくて難儀していた、と。俺が通りかからなかったらどうするつもりだったのだろうか。まさかそのま…。……うん、まあ、妙に漢気のある彼女のことだ。それは十分に考えられる。ああ、この道を選んで良かった。

「送るよ」





途中、荷物を持つと申し出たのだが、今これは非常に絶妙なバランスを保っているから大丈夫だよ、と申し訳なさそうに断られた。ありがとう、でもごめんね。小さい、けれど雨が傘を叩く音には負けない強さで満月は微笑む。確かに、彼女の両腕に抱えられたそれを今動かすのは得策ではないように思えた。ならばせめてと彼女の傘を持つことにした。雨粒が俺たちの頭上でリズミカルに踊っている。

「それにしても、また随分と買い込んだな」

「えっへへー。最近ね、香辛料やハーブの調合が楽しくてさ。見慣れない種類のものは、ついつい買っちゃうんだ」

なるほど。そう言われれば、袋の口から顔を覗かせているのは、ナツメグやコリアンダー、シナモンなどの香辛料が多い。となると、袋の下の方は俺でさえ知らないようなスパイスや、それらに合いそうな食材が所狭しと詰まっているのだろう。

満月は一人暮らしだが、料理を作るのも食べるのも大好きで、度々こうして食材類を買い込んでは、創作料理の研究に精を出している。彼女の作る食事は美味い。実に美味い。学生時代には、あまり料理が得意ではない俺の幼なじみに料理を教えたこともあったっけ。

「…なあ」

「んー?」

「まあ、その……なんだ。つまり――そろそろ、一緒に暮らさないか」

俺たちはいわゆる恋人同士だ。それも、高校生の時分から続く長い仲。高校と大学は同じだったが、就職先は異なり、それぞれの休日の取り方も違う。よって、現在、同じ街に住んではいるのだが、ちょっとした遠距離恋愛中なのである。この前会えたのは一ヶ月前だったか。

「いいよ」

「えっ。…あ、ごめん、」

思わず立ち止まってしまい、彼女の肩が傘の外に出てしまったので慌てて足を動かす。追いつくと、弾けるような笑い声が耳に届いた。

「ふふ、なあに。そんなに驚くこと?錫也から言い出したのに」

「いや、あの…即決してるからさ………良いのか?」

今度は、満月が立ち止まる番だった。同じ轍は踏むまいとこちらもすぐさま足を止めた。当たり前のことながら、周囲に人影は全く見当たらない。雨が傘を叩く軽やかな音だけが俺たちを包み込んでいる。静かだ。

「もちろん。とても嬉しいよ。ありがとう」

そして、ふわりと見せた彼女の笑顔は、とても優しいものだった。

「……」

「錫也?どうしたの?」

同い年であるはずなのに、どこか。
どこか、満月が自分とは違う世界の住人のように思えて。

「……なんか、余裕だよなって」

「ええ?そうかな、……んっ、」

傘の陰に隠れて満月の唇に自分のそれを重ねる。そうすれば、彼女の余裕を崩せるかもしれない。そう確信したのに。

「……なんで笑ってるんだよ」

「ふふっ、だって。錫也ってば顔真っ赤だよ」

「……ったく」

これはもう、笑うしかないよな。


どうやら君には敵わないようだ

(…これは、尻に敷かれるんだろうな…)(何か言ったー?)(いいえ、何にも?)(ほんとう?なーんか怪しい)(ははっ。それよりほら、早く帰るぞ)(うん!)









みかんさま、ありがとうございました!
リクエストは、錫也で雨の日(甘)でした。
錫也の「そろそろ一緒に暮らさないか」というのが、かわいくて、きゅんときました←
大人な錫也さん、ありがとうございました!
これからも宜しくお願いします!


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