花吐き病2




バケツを抱えさせたまま、能力でおれとナマエとギルだけを医務室へ移動させるとソファに座らせる。
未だに背中をさすっているナマエの腕を引っ張り、ギルから引き剥がすと再び花の嘔吐が始まった。

「ギル大丈夫?!キャプテンっ」
「これは嘔吐中枢花被性疾患…通称花吐き病だ」
「花吐き病…?」

ナマエは不安そうにおれを見上げ、説明を待っている。
だが、どう説明するか。
おれも実際に見たのは初めてだし、先ほどまではこんな疾患に罹る奴なんているのかと半信半疑だった。
しかも、おれの知識が正しければギルの場合の原因はおれたち…いや、ナマエになる。

一番の早い治療方法はおれがナマエを手放して、ナマエがギルと結ばれることだ。
…考えただけでも気が狂いそうになる。
クルーをとるか、恋人をとるか…究極の選択を迫られているがいつかはこうなることも考えていた。いや、こういう場合での選択は予想外ではあるが。

「キャプテン…指示ください。すいませんが、私にはその疾患に関しての知識が全くないので」
「…精神疾患だ。おれがギルと話すからお前は一度でてろ」
「でもっ」
「男同士でしか話せないこともある。この疾患についてはあとで説明してやるから、とりあえず待ってろ」

そう言えばナマエは素直に頭を下げて出ていった。
表情が暗く、とても不安そうな顔に胸が痛んだがまずはおれとギルが話し合う必要がある。
アイツが同席することで少なからずおれとの関係に迷いが出てくるはずだ。
根っからの看護師体質のあいつのことだ。おれと別れてギルと付き合おうとはならないにせよ、おれとも別れて誰とも付き合わない…もしくは最悪、自分が原因で病が蔓延するのなら船を降りるとも言いかねない。

ギルと二人きりになったところでギルの嘔吐が少し治ったのか話し始めた。

「キャプテン…おれの病気って…アイツに関連してる?」
「…ああ」

反対側のソファに腰掛け、おれはギルと向き合った。

「ギル。お前はアイツが欲しいんだろ」
「はい」

呆れるぐらい強い眼差しでハッキリと答えたギルに盛大なため息をついた。

「アイツが誰のもんか分かって言ってんだな」
「認めたくないですが、先ほど食堂であった出来事の目の当たりにして…そしたらいきなり吐き気がしたんですが」

ギルは確かに噂などに振り回されない性格で、自分の目で見たものしか信じない奴だ。
だからこそ、コイツの言うことは全て信用出来たのだが。

食堂でのおれが起こした行動でナマエとおれの関係を察したのだろう。
その瞬間にこの病気が発症した訳だ。

「この病気は片想いを拗らせると発症する。つまりお前の場合はアイツにおれという恋人の存在を目の当たりにしてショックを受け、発症したんだろ」

それほどまでにアイツに惚れ込んでいるというのも信じ難い出来事ではあるが、自分が惚れ込んでいる手前何も言えない。
そもそも魅力的な女なのは自分が一番分かっているし、恋人の目線抜きにしたってイイ女だ。
最初こそはガキっぽさが残っていたが、おれと付き合うにつれ女らしくなった。
色気もあって、あの飾らない素直な性格にノリも良くて…それに加えてあの献身的で真面目な姿を見たらギャップにもやられるだろう。考えれば考えるほど腹が立ってきた。
アイツの魅力はおれだけが知っていればいい。
そもそもアイツもあちこちに愛想振り撒きやがって。
いっそのことおれ以外の男全員に冷たくすればいいものを…まあ、結局誰とでも仲良くなれる明るいところも好きなのだからどうしよもない。

とにかく今はこれからをどうするかというのが問題だ。
精神分野はどちらかといえばナマエのが得意で、おれは苦手とする分野。

花吐き病の治療法はその片想い相手と両想いになるか、その恋を忘れるかだ。
両想いになるのを手伝う?自分の女を差し出すなんてこと出来るわけがない。
となるとおれの中であるのはギルを船から下ろすか…ギルのために島で女を探すかだ。

ぐるぐると思考を回していると、一度大きく深呼吸をしたギルが口を開いた。

「いつから…」
「あ?」
「キャプテンはいつからアイツ…ナマエと…こ、こい…おええっ」
「…」

言葉にするのは辛いらしく再びバケツの中に大量の花を吐き出した。
あまり大きな声で嘔吐していると外で心配しているナマエが突入してくる可能性がある。

『キャプテンっ!大丈夫ですか?!』

「問題ねェ。まだ待ってろ」

ドアの外で待機しているナマエの焦る声が聞こえてきて、すぐに返事をした。
もともとおれの治療態度によく口を出してくるナマエのことだ、今回も荒療治しているのではと不安になっているだろう。

「お前が船に乗る何年も前から付き合ってる。お前が知らなかっただけで、アイツとの付き合いは長い」
「おえっ、はぁ…仲間としてでは…なくてですか…」
「仲間にしてそんな経たないうちに恋人関係になった。別に付き合った年数はどうでもいいだろ」

確かに月日が経つにつれ、どんどんのめり込んでいる自覚はある。
色々なことを一緒に経験していく中で更に深まってきたのもあるが、一言で長い付き合いだからと言われるのも癪だ。

「はぁ、うっ…はぁ…ナマエは…本気で…?この船に乗りたいがためにとか…」
「アイツが自分が女であることを使って、この船に乗ってると思うか?」
「…いえ」

船長であるおれの女であることを利用する女だったらすでに捨てているだろう。
おれと同じように惚れているギルからすれば、ナマエの性格を知っているからこそ分かりきった問いかけだ。

「おれ…諦めること出来ねぇっす…」

今度は大きな嗚咽。
さすがにナマエがドアを開けて入ってきた。

「ギルっ!大丈夫?!」
「大の男が情けねェ」
「キャプテン!」

大きな嗚咽をしながら泣いてるギルの背中をナマエがさすってやってるだけで、先程までの嘔吐が嘘かの様に止んでいる。
本当に腹の立つ疾患だ。

おれは無言で能力を発動させ、テーブルに乗っていたボールペンを掴むとナマエと入れ替えた。

「っ!キャプテン!治療中になにをっ」
「おええっ!!」

案の定、おれがナマエを膝に乗せた途端に嘔吐が再開された。
慌てて寄り添おうとするナマエの腹に腕を回し、引き寄せる。

「ちょっとキャプテン!ほんとにっ」
「この疾患のことを教えてやる」

ジタバタしていた両手足が大人しくなった。
真面目なコイツのことだ。こう言えば大人しくなることは分かってはいたが、どうするか。
おれが迷うとギルの嘔吐は更に激しくなり、その花は彩り鮮やかでおれの迷いを嘲笑っているかのようだ。

「キャプテン…?」
「…ギルは…花吐き病ってのは片思いを拗らせることで発症する」
「か…た…想い?」

キョトンとした顔でナマエが驚いている。
無理もない。おれだって目の前で見るまでは信じられなかった症例だ。
こちらを見ては嘔吐するギルを見て、ナマエは口を開いてはなにかを言いかけて、すぐに閉じた。

恋愛に関して鈍いナマエではあるが、ここ数日のことを思い出して心当たりがあったのだろう。

「一番手っ取り早い治療法はお前がコイツと付き合うか、ギルがお前を忘れて違う女と付き合うかだ」
「…」

もうここまで話したのだから後はコイツにも頼るしかない。

「お前はどうしたい」
「…は?」
「……は??」

思わぬ返しが来て思わずオウム返しで返してしまった。
今、コイツおれに「は?」って怒り気味に言ったか?
予想外過ぎておれ自身戸惑いを隠せない。

そんなおれを横目にナマエはギルに「ちょっと待ってて」と言って、おれの腕を引っ張りカルテ庫へ。
入った瞬間にドアを閉めておれの胸を拳で殴ってきた。

「っ!何しやがる」
「ムカついてんです!私は!」
「何に腹立ててんだ」

まだ叩こうとする両手を掴んで壁に押し付けると、目元に涙を滲ませながら今度は睨んできた。
一体なんだっていうんだ。

「お前は、どうしたいかって言いましたね」
「それの何が腹立つんだよ」
「私がローと別れることも選択肢にいれて聞いたでしょう!お前は、じゃなくて一緒に考えたいからどうするかでしょ!」

今度は溜め込んだ涙をボロボロ流しながらおれの胸元に顔を埋めた。

「私と別れたいんですか?!」
「別れたくねェに決まってんだろ」
「ならなんで聞いたんですか?あそこで私がじゃあギルと付き合いますって言ったらどうすんですか?!」
「ダメに決まってんだろ!」

自分まで声を荒げてしまったが、そこまで言ってハッとなる。
おれはコイツが別れるという選択肢を選ぶのではないかと不安に思って部屋の外に出したし、お前はどうしたいっていう問い掛けもコイツの気持ちを確かめたくて聞いたのも事実だ。
自分だけ選択を放棄してコイツだけに背負わせるような聞き方をしてしまったおれが完全に悪い。

「いや…悪かった」
「そもそも私を追い出したのはローが一人で、私が離れたらどうしようとかウジウジ考えてたからですよね」

口早にそう言われて言葉に詰まる。
参った。本当に参った。言葉に詰まってしまうのは図星を突かれたからだ。
まさかコイツに口で敵わない日が来るとは思いもしなかったが、今回は本当に何も出てこない。

「私はこんなにローのこと好き…愛してるってこと全然伝わってない」
「…お前あまり口に出さねェし」
「それはローもですけど」

振り絞って出てきた言葉はただのブーメランだった。
言われた通り、コイツよりも圧倒的におれの方が言葉が少ない。その代わりにたっぷり身体に愛情を伝えていたのだが。
と、ごちゃごちゃ考えんのも目の前の「おれを好きでしょうがない」と訴えてくるナマエの姿を見たら全て吹っ飛んだ。

「そもそもキャプテンらしくもない」
「おれらしい?」
「アイツはおれに惚れ込んでる。違う治療法を考えるぞぐらいのことドーンと言ったらいいんですよ、いつも自信たっぷりなんですからね」

最後は嫌味が込められているがこの際もういい。
とにかく、コイツはとことんおれを落とす天才らしい。

力強く抱き締めて、溜息をついた。

「悪かった。確かにおれが最初からお前に全部話して一緒に治療法を考えれば良かった」
「そうです。私たちは恋人でもありますけど、医療チームじゃないですか。私が離れるかもとか女々しいこと考えてないで最初から私を頼れば良かったんですよ」
「ほんとお前、生意気だな」

後頭部を撫でながら頭にキスをすると、ナマエは顔を上げておれの唇を奪う。

「一緒に最善を尽くしまっんんっ!」

生意気でうるさい口を強引に塞いで、いつものようにおれの愛が伝わる様舌を絡ませる。
酸欠になって身体が脱力し始め、おれの身体に寄りかかるぐらいで解放してやれば漸くおれの頭もさっぱりした。

「そろそろ嘔吐が酷くなってる馬鹿と話し合うか」
「はぁ、はぁ、もうっ!」
「行くぞ優秀ナース」
「身勝手ドクターっ!」








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