外科医誕生日(2020)




「重要な任務をお前に頼む」
「任せて、みんな」

この日だけは私だけが重要な任務を任される。
10月6日、我らハートの海賊団船長であるトラファルガー・ローの誕生日だ。

シャチとペンギンとベポに囲まれて、私は静かに頷く。
今年は船で行う予定で、私の任務はキャプテンを夕方まで船に帰さないよう連れまわす。
その間に私以外のクルーで誕生日会の準備を行う。
サプライズパーティーの準備だ。

「いいか、ナマエ。さりげなーくデートに誘え」
「さりげなく…」
「次の島は大きな図書館あるみたいだよ」
「おお!ナイス情報だよ!ベポ!!じゃあ、図書館に…」
「色気ねェな!!却下!」

ぶんぶんと首を横に振りながら食い気味にシャチに却下され、私は顔を顰めた。

「キャプテン、本好きだよ」
「確かに色気なさすぎだ」
「ペンギンまで…じゃあ、どこに行って時間潰せばいいの?夕方まで外に出さないといけないんでしょ」
「大体5時間ぐらいな。いっそ宿に連れ込めよ」
「真昼間からそんなこと出来るわけないでしょ!!」

下世話な提案をしたシャチを顔を真っ赤にしながら睨みつけた。
キャプテンは喜んで誘いに乗ってくれるだろうが、反対に5時間で終わるかどうか微妙になってくる。
それに、仮に5時間で何とか終わらせたとしても私自身がキャプテンの誕生日を愉しむ体力が残っているか微妙だ。

4人で腕を組みながら唸る。

「まあ、どう過ごすかはお前に任せた」
「えっ?!ちょっとペンギン!」
「恋人同士なんだから少しは自分で考えてみろって。キャプテンを祝いたいんだろ」
「う…アイアイ…」

確かに、普段デートなどする機会がないのだからその日だけは私がデートプランを考えよう。
そもそも、私の誕生日はキャプテンが考えてくれたのだから。

「あ、キャプテンは自分の誕生日を忘れている可能性も考えて。0時過ぎたらおめでとうを言うとか今年はなしな」
「サプライズだもんね」

3人が当日の準備の打ち合わせを始めたため、私は一人で考えるために男性部屋を後にした。





ペンギンたちとのやり取りの後一人で考えたが、結局島に着いてからキャプテンと一緒に街を回ろうという結論に至った。
どうせ計画を立てても私は行き当たりばったりで予定が狂うに決まっている。

寝る前に船長室でベッドの上に腰掛け、いつものように並んで座って読書時間。
とうとう、明日がキャプテンの誕生日だ。

「キャプテン、次の島で私にお時間いただけませんか」

本からちらりとキャプテンの視線が私に向かい、すぐに本に戻って行った。

「どこ行きてェんだ」
「あ、いや、連れてってもらいたいわけではなく…」
「?食いてェもんがあったんじゃねェのか?」
「ちょっとキャプテン!私はそんな食いしん坊キャラになった覚えはありません!」

わざとらしく驚いた顔をされて、私は本を閉じて眉間に皺を寄らせた。

「何ですか。わざとらしく驚いて」

キャプテンも私と同じ様に本と閉じて、ベッドサイドテーブルにあった小さな包みを掌に乗せた。

「いや、ならこれいらねェか。カジキがデザートに作ったクッキー」
「あっ!そ、それは…食べたいです!」
「食いしん坊じゃねェか」

くくっと笑ったキャプテンの手がクッキーを私の方に差し出してきて、手を伸ばそうとするとクッキーを持つ手を上げる。
私が首を傾げるとキャプテンが「あ」と言いながら口を開けた。
直接、口に入れてくれるということか。

私は素直に口を開けるとキャプテンが私の口にクッキーを入れてくれて、そのまま指を口内に突っ込まれた。

「んぐ」
「指についたのも舐めろ」

大人しくキャプテンの指を舐めて綺麗にすると、指を引き抜いて唇を撫でた。

「美味ェか」
「ん、美味しいです。甘くて、んっ、ん、きゃぷ、て」

後頭部を掴まれて私の唇へ何度もキャプテンの唇が触れる。
唇を啄ばまれながら、私はクッキーを飲み込む。
それを確認したのか、キャプテンが舌を口内に侵入させてきた。

舌を絡ませて、甘いクッキーの味が更に甘くなった気がする。
どうせこのあと「甘ェ」とか文句を言うに決まってる。
あれ?でも、いつも私が甘いもの食べてる時にこうして深いキスをしてくるような…
キャプテンの体ももしかしたら糖分を欲しているのかもしれない。
難しい本を読んで脳を働かせてるから。

私の口角から混ざり合った唾液が流れ落ちるのを感じた。
呼吸だって奪われて、頭がぼーっとしてくる。
漸く解放される頃にはいつの間にか押し倒されていた。

「甘ェ」
「…言うと思いました」
「だが…やっぱり悪くねェな」

何が。と問いかけたいのに再び塞がれた唇。
口内の隅々までキャプテンの舌が撫でまわし、キャプテンの手が私の服の中に侵入してきた。
明日のキャプテンを誘い出す作戦は朝からだし、今日はこういうことはしない予定だったのに。

激しいキスに呼吸も思考も奪われて、身を任すことしか出来なかった。





コンコンとドアをノックする音が聞こえて来る。
目を開けてキャプテンの腕の中から這い出て、時計を確認したら青ざめた。
すでに出掛ける予定だった時間だ。
つまりこのノックの主は…

「キャプテン、ナマエ…島に着いてますよ」
「ぺ、ペンギン…」

キャプテンを見てみればまだ穏やかな寝息を立ててぐっすりだ。
昨夜はいつも以上に激しかったから珍しく寝入っているのだろう。

私はすぐに下着をつけてキャプテンの脱ぎ捨ててあるパーカーを着た。
ドアをゆっくり開ければ恐ろしい顔したペンギンが見えて泣きそうになる。

「お前…ハァ…まあ、いいや。キャプテンまだ寝てんのか」
「うん…ごめん。すぐ支度してキャプテン起こしたら出るよ」
「そうしてくれ。もうみんな待機してるからな」
「うう…ほんっとごめん」

声を潜めて頭を下げ、ドアを閉めた途端に深いため息をついた。

「ペンギンか?」
「うひゃあ!って、キャプテン起きてたんですか?!」
「今起きた」

心臓が飛び出すかと思うぐらい驚いてしまった。
振り返ればキャプテンが起き上がって、こちらを向いている。

今の聞かれただろうか。
ドキドキしながら何とか平静を保ってキャプテンの元へ行き、触れるだけのキスをする。

「おはようございます。すぐ着替えて出かけましょう」
「そんな島に行きたかったのか?3日前も上陸したってのに」
「キャプテンとだから行きたいんですよ」

服を着替えてキャプテンの服も取り出すと、新しい下着と共にまだベッドの上で布団に入り込んでいるキャプテンを揺すって起こすと服を差し出す。

「さ、行きましょう?」
「眠ィ…」
「あんな激しい運動した後に夜更かしでもしてたんですか」
「…隣ですやすやと寝てる奴を眺めてた」
「そ、それはすいませんね」

別に頼んでもいないのだが。
たまに私の寝顔を眺めてることがあると聞いたことはあるが、何が楽しいのかちっとも分から…いや、ちょっと分かる。私もキャプテンの寝顔を、時間を忘れて眺める事があるからだ。
なんというか、好きな人があどけない顔して眠っている顔を眺めるのは心がポカポカして、愛おしいって思う。その気持ちなら分かる気がする。

そんな愛おしくて、大好きなキャプテンの誕生日。
たくさん嬉しい、楽しい、幸せって気持ちにさせたい。
お誕生日おめでとうございますと、早く言いたいけれど仲間とのサプライズのためにぐっと我慢する。
これからキャプテンの誕生日は毎年来るのだし、今年一番に祝えなくてもどっかの誕生日で0時ぴったりにおめでとうを言える日が来るかもしれないのだし。

「今日は私の案内で過ごしますよ」
「お前がリードするっつーことか」
「そうなのです」

胸を張って嬉しそうに言えばキャプテンは私の肩に腕を乗せて、鬼哭を私に渡してきた。
ベポが居ない時は私が鬼哭持ち係か。
結構重いんだよな、この刀。
とか思ったりもするけれど、キャプテンに信頼させているように思えて実は結構嬉しかったりする。

「能力は使わずに、ゆっくり歩いて移動しましょうね」

危ない危ない。
キャプテンはROOMを展開してしまえばこの船まるごと能力圏内になる。
つまり、今仲間たちが集まって準備をしていることとかも分かってしまう。

私が言うとキャプテンは少し笑って、肩に乗っている手で私の後頭部をポンポンと撫でた。

「そうだったな、これでおれが能力使っちゃダメだな」
「のんびり行きましょう」
「たまには悪くねェ」

どうやら肩に乗せた腕はそのまま、つまり密着したまま歩くらしい。
いつもは恥ずかしいので離れてって言うところだけれども、今日ばかりはその羞恥心に耐えていよう。

甲板に出ると、見張りの仲間が私たちに声かけてきた。

「キャプテンおはようございます。お出かけですか」
「ハートの海賊団船長、連行中です」
「だそうだ」
「ゆっくり連行されてくださーい、いってらっしゃーい!ナマエ頼むな!」
「きっちり連行します」

ふざけたやり取りをして、私はキャプテンと共に街に降りていった。





一緒にカフェで遅めの朝食を軽くとった後、街中で私たちは買い物を楽しんだ。
お互いの服を見せ合いっこしたり、宝石店を見て回ったり、出店で軽食を摘まんだりと…
二人で普通のデートを楽しんだ時間は本当にあっという間で、私は自分が散々楽しんでいたことに気が付いた。

せっかくのキャプテンの誕生日だというのに、これでは結局私がデートを楽しんだだけじゃないか。

「キャプテン!」
「やっぱさっきのアイスか?」
「へ?」
「散々迷ってたのに太るからとか言って諦めたくせに、食いたくなったんじゃねェのか」

日も沈んできて暗くなった道端でキャプテンが立ち止まって、私の肩を抱いたまま方向転換をした。
私は慌てて足を止めて、首を傾げるキャプテンに遅くなってしまったが行きたいところを訪ねてみることに。

「私が散々楽しんじゃって…キャプテンにも楽しんでもらいたかったので、今からキャプテンの行きたいところ行きましょう」
「いつ、おれが楽しくねェっつった」
「え?」

頬を片手でむにゅっと掴まれると、キャプテンは眉間に皺を寄せながら私の視線に合わせるように少し屈んだ。

「おれはてめェと居るだけで充分楽しんでる。見てて分からねェのか」
「でも私の行きたいところばっかで…」
「お前の行きたいところは全部おれの行きてェところだった。おれの態度で察せよ、どんくらい一緒に居ると思ってんだ」
「う…」
「観察力落ちたんじゃねェか、アホナース」

とげとげしい言葉遣いではあるが、結構嬉しいことを言ってくれている。
とても楽しかった。そう言ってもらえている気がしてきた。

「へへへ、ツンデレドクター最高ですね」
「…まァ、行きてェところなら正直なところホテル」
「あ!そろそろ船に戻りましょう!」
「要望聞いてんじゃねェのかよ、逃げんな」

そんなこと言いながらも笑っているキャプテンはふざけているようだ。
今日一日を思い返してみると、確かにキャプテンはよく笑っていた気がする。
それに、一日中ふざけたやり取りもノリよく返していてくれた気がする。
気がするばかりではあるが、つまらなければキャプテンはとっくに船に戻っていただろう。

気を遣って付き合ってくれるなんてキャプテンにはあり得ないことだし。

暗くなってきた船へ向かう道では人も少なく、私はキャプテンの腕に自分の腕を巻きつけた。

さあ、仲間と計画したサプライズでのキャプテンお誕生日会が始める。





二人の歩いた足跡を砂浜に残しながら、黄色い潜水艦を目指す。
ハートのジョリーロジャーがしっかり見えて、私たちの家とも言える船に戻ってきた。
すっかり陽は沈み、海は真っ暗で見えない。
その中で船から零れるかすかな光を頼りに甲板へ続く梯子を上り、二人で船内へ向かう。

甲板を二人で数歩歩いた瞬間。

一気に明るくなり、続いて大きなクラッカーの音に私は肩を揺らした。

「お誕生日おめでとう!キャプテン!!」

仲間たちの声に合わせて私もキャプテンに笑いかけながら大きな声でお祝いの言葉を、声を張り上げて伝える。

明るい電飾の飾りに、甲板に並べられた椅子とテーブル。
その上には数多くの美味しそうなご馳走に、中心には大きな3段のケーキ。

ベポがキャプテンの腕を掴んで引っ張っていき、主役席に座らされて仲間たちから次々とプレゼントをもらっている。

「よっ、お疲れ」
「ううん。二人っきりの時間をくれてありがとう。準備手伝わなくてごめんね」

お酒の注がれた樽ジョッキを持って、シャチが近寄ってくる。
シャチは私にそのコップを押し付けて背中をぐいぐいと押してきた。

「え?ちょっと、シャチ?」
「キャプテンへのプレゼントにお前とのデートも含まれてんの!」
「ええ!だって私は」
「ナマエが居るとキャプテンよく笑うからな!ほら、隣に座れ!」

キャプテンの横に座らされて、キャプテンが口角を上げた。

「ありがとな」

全員に向けられたキャプテンからの短い一言。
それだけなのにみんな嬉しそうに涙ぐみながら喜んでいた。
私だって感動してしまう。

潤んだ瞳を腕で拭って、ペンギンさんがお酒がたっぷり入った樽ジョッキを上に掲げた。

「では!我らハートの海賊団船長の誕生日を祝って!乾杯!!」

樽ジョッキをぶつけ合いながら、私たちはキャプテンの生まれた日を盛大にお祝いする。
隣にいるキャプテンとジョッキをぶつけて、お酒をぐいっと喉に流し込む。
キャプテンは一気に飲んだらしく、すでにジョッキは空。

私は酒瓶を掴んでキャプテンの空のジョッキに注ぎ込んだ。
みんなはそれぞれ食事に談笑に夢中になって、キャプテンはそれを眺めながら機嫌良さそうに笑っている。
宴はとても面白くて、暖かくて…仲間って本当にいいな。

しばらくして、みんなのお酒も回ってきたころにそれぞれが芸をし始めて、それをお酒を飲みながら笑って見ている時だった。
キャプテンが私の頬を手の背ですりっと撫で、キャプテンの方を向く。

「そろそろお前は酒終いな」
「う…はい…」

酔っぱらえば介抱をするのはキャプテンになる。
本日の主役でもあるキャプテンにそんなことはさせられないから、素直に水を口に含んだ。

「お前が居るとおれを連れ出す口実になるから、準備もしやすかっただろうな」
「ん?そうなんですか?」
「今年が一番盛大だし…」
「?キャプテン?」

いきなり口を閉じて言葉を詰まらせるキャプテンの顔を覗きこむ。
ほのかに頬が赤い気がする。

「もしやキャプテン嬉しすぎて言葉詰まらせちゃいました?」
「…」
「ふふふ。あー、あれですね嬉しすぎて言葉に詰まるってありますもんね。みんなに教えてこよう!」

私とキャプテン以外はすでにそれそれの芸を見るために席を立って、床に座りながら円になっていたので私もその円に混ざってみんなへ報告へ行こうとしたのだが。
隣から伸びてきた力強い手によって阻まれ、それどころか引っ張られてキャプテンの方に倒れ込みそうになる。

「っぶな…」
「ナマエのくせに生意気だな」
「な、生意気」

帽子を脱いだキャプテンが私の後頭部を掴んで唇を塞ぐ。
その瞬間に仲間からのからかう様な口笛が聞こえてきて、すぐにキャプテンの胸板に両手を置いて体を引きはがした。

「んっ…はっ!ちょっ」
「お前からプレゼントがねェな」
「あ、ありますよ。事前に準備しておいたんですから。高級な医学書を何冊か…」
「それより欲しいもんがここにある」

キャプテンの親指が私の唇を撫でた。
嫌な予感しかしてこないが、ここで察してしまえばキャプテンの思うツボだ。
私は誤魔化すようにニッコリ笑いながら声を張り上げた。

「キャプテンの生まれた今日に感謝!おめでとうございまぁーす!」
「くく、おれが欲しいのは言葉じゃなかったんだが」
「だが?」

キャプテンが口角を上げて私の頭を撫でてくれた。

「悪くねェ」

満足そうにそう笑ってそう言ったキャプテンに、幸せいっぱいの私は両腕をキャプテンの首の後ろへ回して抱きついた。

「これからは毎年、言ってあげます」
「欠かすんじゃねェぞ」
「アイアイ!!」







Happy birthday!! Law!






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- ナノ -