悲しみは突然に




ローの夢の中ですが夢主の死にネタあります。
苦手な方は読まないようお願い致します。
読んだ後の苦情は受け付け致しませんので、ご了承の上、お読みください。

















クラクラと眩暈がする。
血を流し過ぎたし、体中痛みで動けねェ。
おれの命もここまでか。

出来ればアイツともっともっと航海をしたかった。
出来ることなら、アイツが楽しみにしていたワンピースを見せてやりたかった。

他のクルーは逃がすことができたし、アイツのことは仲間全員に託した。これでいい。

おれの頭を今までの思い出が走馬灯のように…いや、これが走馬灯だな。

「ぐはっ…きさ、ま…クソ、アマ…」
「っ?!」

おれを痛めつけた敵の声に反応して、頭から流れる血液のせいで滲む視界の中でその姿を目視すると頭を抱えたくなった。

ああ…んとにコイツは…おれの言う事を一つも聞きやしない。

「キャプテン…私、怒って、ます」
「はっ…悪ィが…っ?!お前!その傷!!」

痛む体に鞭打っておれの目の前に倒れ込む女を茫然をして眺めた。
ナマエの左胸から流れる、真っ赤な血が見たくなくとも見せられる。
おれの動揺を誘うかのように、おれの呼吸が乱れて、鼓動が速くなっていく。

ズリズリと自分の体を引きずって、ナマエの頬を血まみれの手で摩った。

「はぁ…はぁ…てめ、ほんと…おれの、言う事…聞きやしねぇ…」

ひゅーひゅーと気道が狭くなっている音が聞こえる。
ナマエはおれの方を見つめ、目が合うといつもの能天気な笑顔を見せた。
一緒に死ぬって約束した。まあ…お前と一緒なら、悪くねェ…。

「ロー…聞こえ、る?」
「ああ…」

二人して呼吸するのも苦しい状況なのに、必死に声を発する。
そういや…あの海賊のとどめはお前が刺したんだよな。すげェよ。大した女だ。

おれと同じ様にべっとりと血のついた手がおれの頬に触れて、顔にポタポタと血液が落ちてきたと思えば、唇に柔らかい感触がして、またポタポタと落ちてくる。
目を開ければ、血液だけじゃなく涙が落ちてきているのが分かった。

「私…ロー、と…居れて、幸せだ、った」
「ごほごほっ」

おれだって幸せだった。お前と居れて本当に幸せだった。
そう言ってやりたいのに次から次へと血液が胃から込み上がってきては口内に溜まり、それに咽て何も言ってやれない。
愛してる。たった一言、その言葉すらも言ってやれない。

声が出せない代わりにおれの顔を覗きこむナマエの頭を撫で、唇を親指で撫でるとその言葉を言わなくても伝わってくれたのかナマエが微笑む。

ああ、まいった。本当にいい女だよ、お前は。

腕から力が抜けて、血だまりの中におれの腕が落ちた。

「ひと、つ…約束…破る、の…許して…」

混濁する意識の中で、必死にその掠れた声に耳を傾けて、目の前で綺麗な涙を流す愛おしい女の顔を見つめた。

好きだ。愛してる。死んでも離さねェ。

「ロー…愛してる…」

ドクッと心臓を掴まれたような感覚と共に目の前のナマエの笑顔がコラさんの最後と重なって、目を見開いた。
ナマエの体が淡い緑の光に包まれて、おれの体も包み込んでいく。
痛みが消えて、どんどん体が軽くなり、あんなに苦しかった呼吸が楽になった瞬間叫んだ。

「やめろ!!!馬鹿野郎!ざけんじゃねェ!!」

そんな叫び声もむなしく、全身の傷が治っていく感覚にゾッとした。
おれはそんなこと望んじゃいねェ。頼むからやめてくれ。置いていかないでくれ。

「−−−−」

囁くような小さな言葉。
絶対に使うなと約束したはずだ。

お前の能力の最上の業、“再生手術”を。

眩しすぎる光に反射的に目を閉じて、すぐに目を開けた時には眩しさが嘘だったかのように何もなかった。
まるで嘘だったかのように全身が軽い。痛みもない。肺に酸素が入り込んでくる感覚がしっかりと感じられる。

すぐに体を起こせば服や顔にある血液が現実だと思い知らされて、おれの手を握る感触に茫然とした。

おれの隣で幸せそうに柔らかく笑みを浮かべながら、眠っているナマエの姿。
本当に眠っているようで、たった今起きたことを信じたくなかった。

すぐにROOOMを展開させても、ナマエの体を纏っていたいつもの光がなく、試しに“メス”で心臓を取り出すと静かにおれの手に収まった。

そう。静かに。

鼓動もなくて、微動だにしない心臓を片手に、もう片方の手をナマエの頬に添えた。

「ナマエ…ナマエ!!ナマエ!!さっさと起きやがれ!ふざけんな!!約束がちげェだろ!!」

喉が焼けるほど、肺が潰れるんじゃないかというぐらいの勢いで叫ぶ。
全身を流れる血が燃え上がったかのように熱くなっている気がする。
おれの瞳孔が開いて、指先に血液が流れていないのではないかと思うぐらい震えて、冷たくなる。

バタバタと走り寄ってくるクルーたちがおれたちの姿を見て、おれの手にある心臓を見て、茫然と立ち尽くしている。
おれたちの能力をよく知る仲間ならそれがどう言うことなのか、何を意味するのかすぐに分かることだ。

そんな中でもおれはナマエを呼ぶことを、叫ぶことをやめない。
まるで感情が爆発したようにおれは怒鳴った。

「その業はぜってェに使うなっつっただろ!!さっさと起きろ!ナマエ!!」

周りですすり泣く声が聞こえてきて、おれの頬を血液でない温かいものが流れる。
堪えようとしてもまるで決壊したダムのように、おれの目から次々と生暖かいものが流れて、その雫がナマエの頬を濡らした。

いつもは逆だった。
何かあればナマエがおれの頬を濡らしながら泣き、笑い合って、見つめ合って、愛を確かめ合うようにキスをする。
なのに、今のこの状況は一体何なんだ。

仲間たちのすすり泣く声が聞こえてくると、呼応するようにおれの目から零れ落ちるそれがナマエの頬へ。
もう形振り構わず、泣き叫んだ。

「愛してるんならおれも!おれも一緒に逝かせろよ!!ナマエ!頼むから…起きてくれ…頼む…ナマエ…」

手にある静かな心臓を力強く掴んで、目の前の冷たい体を抱きしめた。

「ナマエ!!ナマエ!!!」

おれを置いて逝くな…一緒に逝くって言っただろ…約束しただろ…。







「キャプテン!!キャプテン!」
「っ!!ナマエ…」
「大丈夫ですか…すごい魘されてましたよ…」

涙でぼやける視界の中、心配そうに眉間に皺を寄せているナマエの顔が見えてそのまま両手で力強く抱きしめた。

「わわっ!ちょ、キャプテン?」

荒い呼吸と速まる鼓動の中、抱きしめている体を少し離して左胸に手を置くと、一定のリズムで刻まれる鼓動を感じて心底安心した。
そのまま能力を展開すればナマエの体は光り、“メス”をやっても心臓を手にすることは出来ず、手に心臓がなくて安心するというのも変な話だが…ものすごく安心する。
これがおれ達の能力だ。間違いなく、目の前のナマエは生きている。

「ロー…大丈夫だよ。私はここに居るよ」

間違いなくその声も、この温もりも存在していることが実感できる。
もっともっとその存在を確認するために、おれもナマエを生きているという実感を得るために。
おれはナマエの口内を貪るようにキスをして、ナマエの体の上に覆いかぶさった。

「好きだ、ナマエ」
「…ん、私も、好きです」

愛してる、ナマエ。おれから離れるな。
頭の中でそんな言葉を浮かべながら、服の中に手を入れる。

悪夢をかき消す為、おれはナマエの体を激しく、そして強く抱くことにした。






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