ここは猫島。その名の通り、猫だらけの島で島民の数よりも多いと言われている。
猫を神様の使いと崇められているため、外部から来た人間にも入国の際には注意をしていた。
私たちハートの海賊団も同じく、下船してもいいが猫が困っていたら助けること、虐めないことを必ず守るように言われて入国を許可されたのだ。
猫のこと以外は治安も良く、ログも1日でたまるため午前中に物資と燃料の補充を済ませて午後は自由行動となった。
船を降りる前、キャプテンを見ればペンギンとベポと海図を眺めながら真剣に何かを話していて、シャチはイルカはすでに降りた後。
他の仲間も降りた後で、一緒に行く人を捕まえられなかったので、諦めて一人で行くことにした。
島に降り立てば本当に猫だらけで種類も様々だ。
薬草を探しに森に入り、しゃがみ込みながら一人で寂しく薬草摘みをしている時だった。
「…?何だろう?」
猫の苦しそうな鳴き声が聞こえてきて、手を止める。
その鳴き声につられて森の奥へ入り、少し開けたところに出た。
その中心にある祠のようなものの前に、一匹の猫が横たわっている。
「怪我してる…」
専門ではないため一瞬診るのを躊躇ったが、見つけてしまったのは私だ。このままさようならというのは出来ない。
足から出血しているが骨は見えないし、見たところ恐らくは皮膚までの損傷だと思われる。
「“ケア”」
手を翳して能力を使うと、傷は跡形もなく消え去りその猫は不思議そうにこちらを見ながら傷があった足を舐め始めた。
「うん。大丈夫そうだね」
そう呟くと、撫でてほしいと言わんばかりに擦り寄ってくる。私は地面に座り込んで膝の上に猫をのせると、頭から背中にかけて優しく撫でていった。
「可愛いなあ…癒されるなあ。猫になったらキャプテンを癒すことが出来そうだし…なんか楽しそうだなぁ」
私の呟きに耳をピンと立てて、ジッと見つめられる。
なんだか目が離せなくて…そのまま猫と見つめ合い続けていると急激に眠気に襲われ出した。
ああ、こんなとこで寝たらキャプテンにめちゃくちゃ怒られるのに。
あれ?どのくらい寝ちゃったんだろう。
大きく欠伸をして体を起こして、すぐに異変に気がつく。
「にゃ!にゃー!!」
手を見れば肉球が、声を出せば猫の鳴き声が、そして二足歩行が出来ない。
近くにあった水溜りを覗き込めば、完全に猫だ。白い猫だ。意味がわからない!どういうことだ!
喋っても口から出てくるのは猫の鳴き声でにゃあにゃあと騒いでいるだけで、どうにもならない。
考えられることは、祠の前に倒れていた猫と見つめ合っていたことぐらいしか…。
変な薬品をかぶった覚えもなければ、能力者と対峙した記憶もない。
私は慣れない四足歩行でフラフラと祠へ向かうと、頭の中に直接語りかけてくるような声が聞こえてきた。
《助けてくださいましてありがとうございました。24時間後に、元の姿へと戻りますので猫の姿でお楽しみ下さい》
おおい!頼んでな…いや…なりたいと確かに言ったな…
潔く諦めて私は目的であるキャプテンを癒すために船へ向かうことにした。
船に戻れば甲板には見張り番の仲間の姿だけで、静まり返っている。まだみんな島をうろついているようだ。
私は見張りの仲間の目をかいくぐり、船長室へ向かった。
ちょうど扉が少し開いていて、中からキャプテンとペンギンの声が聞こえてきた。
「ったく、少しも待つことが出来ねェのかアイツは」
「まあまあ、キャプテン。ナマエだって偶には一人で行動したい時もあるんでしょう」
いきなり自分の名前が出てきてドキリとした。
どうやら何も言わずに出てきたことにキャプテンが怒っているらしい。
「……はぁ。もういい。おれは船で過ごしてるからお前も、外で見張りしてる奴も島に降りてきていい」
「それは喜びますよ!じゃあお土産買ってきますんで!」
「土産はいいからアイツ見かけたらすぐに船に戻るように言え」
「アイアイ!」
もうここにいるんだけどな。
ペンギンが嬉しそうに出て行く前に部屋の中にサッと侵入した。
ドアが閉められ、ドアの前に座りながらキャプテンを見上げると驚いたことに私をガン見している。
「……島から乗り込んできたのか…」
「にゃあ」
返事をしたかのように鳴いて、ソファに座るキャプテンの横にいき、座って再び鳴いてみた。
「…アイツ居たら喜びそうなのにな…」
切なげにキャプテンが言うから、こっちまで切なくなってしまった。キャプテンに一言でも言っておけば良かった。
私は心の中で「失礼します」と声をかけ、キャプテンの膝の上に乗り、擦り寄った。
キャプテンが私の頭を撫でて、そのまま背中もするすると撫でてくれて、私の嬉しさが猫の体で表すかのように喉をゴロゴロと鳴らす。
暫く撫でられてるとキャプテンは能力で本を手元に取り寄せて、私を膝に乗せたまま読み始めた。
うーん、キャプテンは私が居ても居なくてもあまり変わらない過ごし方をしているんだな。
こっそりエロ本読んでたり、女の子を呼んだりとかしないのかな。いや、その場面に出くわしたら辛すぎるけれども…。
暇になった私はキャプテンの読んでいる本が読みたくて両手をキャプテンの腕に乗せると、そのまま覗き込んだ。
「…本、読むのか?」
「にゃあ」
頭を下げて頷くと、キャプテンが本を閉じて私を両手で持ち上げ始めた。
「……お前、メスか…」
「にゃー!!」
そこを見られているとは思わず、慌てて抵抗をした。
すぐに離してくれたが、なんて事だ。いや、猫だから別に…いや、恥ずかしいものは恥ずかしい。
私がテーブルの下でしょげてると、キャプテンが笑ってる声が聞こえた。
「くくく、猫でも恥ずかしいもんなんだな」
「にゃあ」
そりゃ恥ずかしいよ!
まあ、何度もキャプテンには裸を見られているのだけど、こんなに明るい部屋で見つめられたことはないはずだ。今は猫だけど。
肉球を顔に当てて恥ずかしさに悶えていたら、キャプテンがテーブルを覗き込んできた。
「そういや、人間の言葉も分かるんだな…。まさか能力者じゃねェよな」
「にゃあ」
首を振るとますます怪しいのか、覗き込んでいるキャプテンの整った顔が顰められて、一気に怖い顔になる。
私の首根っこを掴み、持ち上げるとじっと見つめられた。
「…海に落としてみるか…」
死ぬー!!私が落とされたらキャプテン助けられないでしょ!そもそも猫って泳げないんだからね!
もう私の正体を教えてやりたい。
でなければ私は恋人の手によって海の藻屑にされてしまう。
少し考えて、テーブルの上にある本を見ると良いことを思いついた。
キャプテンの顔に肉球を何度も押し当てると、半ば投げ飛ばすようにソファに放り投げなれ「にゃっ」と鈍い鳴き声を出す。
よろよろとテーブルの上に乗り、本を鼻で押し上げ開くと、文字を探して肉球を何度も押し当てた。
「…見ろってことか」
「にゃあ」
キャプテンがベッドに立てかけていた鬼哭を手に持ち、私に殺気を放ちながら近寄って来ると、本気でこの場から逃げ出したい気持ちを抑えて、何とか文字を伝えた。
「…わ、た、し、は………ナマエ?は?」
「にゃあ」
大きく頷くとキャプテンが勢いよく私の首根っこを掴んで持ち上げ、睨んできて私はまた「にゃっ」と恐ろしさに震えながら鈍い鳴き声を上げた。
「証拠は」
証拠と言われても…どうしたらいいのだろうか。
私とキャプテンの共通の秘密とか2人にしか分からない合図とか…あったかな…
首根っこを掴まれ手足をぷらーんとさせたまま、私はキャプテンを見つめたまま悩んだ。
「…昨日の夜、寝る前にお前が読んでいた医学書を探せ」
おお!さすがキャプテン!
床に下ろされた私は多くの本がずらりと並んだ本棚を眺めて、飛び上がりながら肉球をその本の背表紙に向けてタッチをした。
「…嘘だろ…」
「にゃあ」
顔を見れば驚愕の表情で私を見ている。どうやら信じてくれたようだ。
私は再びテーブルの上にある本を眺めて肉球を押し当てた。
《24時間、戻る》
とだけ伝えると、キャプテンはソファに座りながら盛大なため息をついた。
「んとに…だからてめェを単独行動にさせたくねェんだよ…。めんどくせェ問題持ってきやがって」
「にゃあ」
「…」
まあまあ、そう言わず癒されてくださいと言わんばかりにすり寄ってみた。
「擦り寄るなら人間の姿で擦り寄れよ。せっかく久しぶりの陸で、抱き潰してやろうかと思ってたのに」
…猫で良かった。
恐ろしい計画をもらしたキャプテンに身震いをして大人しく膝の上に丸くなる。
その後は何も言わずに背中を撫でてくれて、気持ち良さにゴロゴロと喉を鳴らした。
ああ、本当に猫になるのもいいかもしれない。
24時間で元の姿に戻り、私たちは謎の猫島を後にした。
このことは私とキャプテンの秘密になったが、言ったところで信じてもらえないだろう。
そんな奇跡の猫物語だった。
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