めぐる 間違いなく部屋にいたはずなのに、瞬きをした瞬間見知らぬ場所に立っていた。混乱する私をよそに、何人もの人間が襲いかかってきて逃げ惑っていると、頭に声が響く。 『クハハ、十年前のヘンリーですか。通りで弱いわけです。……仕方ありませんね、私の力を貸してさしあげましょう』 その声は間違いなく骸のものだが姿は見えず、声に同調するように飛び回るこの梟はなんだろう。 骸の言葉を気にかける暇もなく襲いかかってきた敵に幻術をかけるも、あっさり弾かれる。やっぱり攻撃は苦手だと地面を蹴って逃げるも易々と追いかけられ、ついには追い詰められてしまった。 『あなたが頼れるものを思い浮かべなさい』 「え……?」 『この状況を打破するために必要なものを思い描くのです』 頭の上に乗った梟が不思議な力を発して敵の力を防いでいるが長くは保ちそうにない。必死に頭を働かせて思い浮かべたものは―― 「雲雀」 まさしく私が求めていた人物が目の前にそびえ立っている。 『おや。ヘンリーは僕をそんなに頼りにしていたのですね』 骸の声で、武器を構えて現れたもう一人の人物に気づいた。それは間違いなく骸本人で、久方ぶりに見る骸の姿に目を見開く。なぜこんなところにいるのだと骸を凝視すると、振り返った骸が「クフフ」と笑う。 「僕は幻影ですよ。ほら、さっさと敵を始末しますよ。……雲雀くん、いきますよ」 「僕に命令をしないでくれるかい」 先に飛び出したのは雲雀だった。ガキンと金属がぶつかる音に震えると「今のうちに逃げなさい」と背中を押される。何度も振り返りながらその場を後にしたのだが、どこに行けばいいのかわからず足が止まった。 ここが並盛だということはわかるが街の空気がおかしく、そして私の住んでいた家がなくなっていたのだ。――否、家はあったのだが見知らぬ家族が暮らしていて入ることができなかった。 「……どこに行けばいいのかしら」 街の真ん中で立ち竦む私は不審かもしれないが、それをとがめる者は誰もいない。 仕方なくやってきたのは廃墟で、心なしかいつもより汚いソファーに腰を下ろす。いくら待っても犬も千種も帰ってはこず孤独に何日も過ごした。何度か知り合いを探そうと努力はしたのだがそのたびに敵に襲われ、殺されかけ懲りたのだ。 「……お腹空いた」 悲鳴を上げることもなくなってしまった腹部をさすり、このまま死ぬのかもしれないと諦めに似た気持ちがわきあがる。 それでも人間とは生(せい)に縋ってしまうようで、最後の力を振り絞ってまた探索に出かけることにする。このまま餓死するより敵に殺された方が楽な気がしてきた。 数日ですっかり覚束なくなってしまった足を叱咤して廃墟を後にする。暗闇に紛れ、何度も訪れた雲雀の家を目指す。 「っ……!」 背後に気配を感じ振り返ろうとしたのだが、足がもつれて尻餅をついてしまう。無防備な私に抵抗するすべはなく攻撃を受ける覚悟したのだが、闇に包まれた人物が襲ってくる様子はない。壁に手をつき立ち上がろうとすると、暗がりから怪しげな人物が姿を現した。 「ひ、ばり」 何日も出していなかったせいで声が掠れてしまったが、雲雀は私の声をしっかり耳にしたようだ。目の前まで来た雲雀がそっと私を抱き上げ「もう、大丈夫」と囁くので緊張の糸が切れた私は深い眠りに落ちた。 120820 次のページ# 目次/しおりを挟む [top] |