Clap
ありがとうございます!


笑顔のハレーション




「どこにいくの?」
「秘密ですよ、はは」

春の色が本格的に色付き始めた頃、大好きな人と大切なフィルムカメラを連れて桜並木に向かった。お天気お姉さんのゆっかー曰く今が一番満開らしい。噛み噛みでたまに何言ってるかわからなかったけど。

「ひかるちゃん、連れてきたかったのってここ?」
「いや、もう少し先です。着くまで桜見ててください」

あんなに楽しみにしていた春が花粉のせいで少し邪魔されるのは気に食わないけれど、少しでも喜んでくれたら嬉しいな、なんて思う。桜並木を少し進むと桜の木は次第に本数を減らしていき、奥にたどり着く頃には既に桜の木は無くなって、一本の大きな大木のみがそびえ立っていた。

「ここ......」
「欅の木です。梨加さんが大好きだって言ってたから......」
「っ、知ってたの、?」
「理佐さんが教えてくれました。最後にこれだけって言ってこのことを」

理佐さんというのは梨加さんの元恋人だ。しかし半年前に難病を患って亡くなってしまい、今はもう居ない。私との接点と言えば理佐さんが私にカメラを教えてくれたこと、自分の恋人の梨加さんを私が好きになってしまっていることを簡単に見抜かれたこと、もう最期だと悟った理佐さんに梨加さんとこのフィルムカメラを託されたこと、この3つだ。

「......理佐ちゃん、空の上で元気にしてるのかな」
「きっと元気ですよ。仲良い人を見つけて楽しく過ごしてるはずです」
「そっか......」

少し寂しさを含みながらも穏やかな笑顔で欅の木を見上げている梨加さん。その時の顔はまさに、“片想い”をしている人のするような表情だった。最愛の人に、テレパシーのようなもので愛を伝えているのだろうか。もしそうだとするならば、私からすると少し悲しくなってしまう。

片想いをしている人に片想いするって、なんて虚しいものなのだろう。胸が苦しくて苦しくて仕方がない。だけど好きなものは好きであって、私は理佐さんに梨加さんを託されたんだ。大切な人から大好きな人を託されて、ここで諦めるだなんていつかあの世へ行った時に理佐さんになんて言われるか想像がつかない。

だったら、たとえ片想いでも色んな理由をつけて梨加さんを想い続ける他ないのだ。現に、欅の木を見上げる梨加さんの横顔に私はまた恋をしている。吸い込まれるように惹かれている。この顔を見たのはいつぶりだろうか、それは分からないけれど、笑っていることには違いないんだ。

この光景、あの世に持っていったら理佐さん喜ぶかな。

「梨加さん、こっち向いて」

笑顔のまま振り向いた梨加さんにフィルムカメラを構え、シャッターを落とす。今日は日差しが強く、木の葉の隙間から強い光が漏れだしている。だからハレーションが強くなって梨加さんの近くの一部がぼやけてしまった。

だけどこの欅の木が理佐さんのように感じてしまって、ハレーションがいつも明るく笑う理佐さんの笑顔にも思える。

「撮れた?」
「撮れましたよ」
「見せて?」
「はは、だめですー。私だけの宝物にするので見せません」
「えぇ......」

しばらくは、この写真は誰にも見せる気は無い。

もう少しだけ、この片想いを満喫したいんだ。

私は硬い画面越しに映る梨加さんに触れながら、木を見上げた。

眩しいけれど、あたたかい日差しがなんだか心地良いな。









ハレーション:ハレーションは、写真を撮影する際に、強い光が当たった部分が白くぼやける現象。また、ハレーションはフィルム特有の現象でデジタルカメラでは発生しない。


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