お昼休みのシンクロニシティ

仲のいい友だちが学校を休むと起こってしまうのが『お昼ご飯どうしよう』問題だと思う。
教室で一人で食べるのもなぁ……なんて、購買で買ってきたばかりのパンを抱えて中庭をウロウロしていると、人目につかない木陰で眠っている同級生を見かけた。

金髪、というかプリン頭という見た目の割に、ものすごく控えめで口数の少ない孤爪くん。
ゲーム機を握りしめたままスヤスヤと眠る彼の元へ勝手に足が進んでいて、そっとしゃがんで顔を覗き込んでみる。
近くで見ると小さく開いた口があどけなくて子どもみたいだなぁと思った。

食べかけのメロンパンが膝の上に転がっている。
……食べてる途中で寝ちゃったんだろうか。お疲れなのかな?

キビキビ動いたりとか走ったりとか、運動全般苦手そうだなって思ってたから男バレの人たちと一緒にいるのを見かけた時は本当にびっくりしたのを覚えている。
そう言えばテストの点数とかは悪くないし頭いいんだろうなぁ、とか、話したこともないけど勝手に考えてみたりして──。

「!」

突然モゾモゾと身動きをされて思わず尻餅をついた。

「違うのごめん、待って違うから」

いけないことをしていた気分になって慌てて弁解してみるも、んんん、と声を洩らした孤爪くんが「……クロ……も、帰ろ」なんてむにゃむにゃ言うもんだから安堵のため息が出た。

クロって何だろう。孤爪くんちの犬かな。猫とか。
しばらくじーっと見つめてみたけど、それから全く起きる気配はない。時間がただ過ぎていくだけなんだけど全然苦に感じていないのが自分でも少し不思議だった。

「……風邪ひくよー」

小声で言ったところで起きるはずもない。

「孤爪くーん」

寝顔、可愛いなあ。
猫背でゲームしてるところしか見たことなかったから気づかなかったけど結構綺麗な顔してるかも。ほっぺとか柔らかそうだし。……触ってみる?誰も見てないしいい……かな。ダメ?いいよね?


「……ダメでしょ……何考えてんだ私……」

規則正しい寝息を聞いてたら昂り始めた感情も少しずつ落ち着いてきた。
どんな夢を見てるのかなぁ。クロちゃんとお散歩かなぁ。

同じ木に背中を預けて買ってきたパンの袋を開けた。
気持ちの良い風が優しく吹いて夏の訪れを告げる香りがする。そよそよと葉っぱが揺れている。
すごいよ孤爪くん、穴場スポットだよ。
孤爪くんの寝息も相まってここだけゆったりと時が流れているような、マイナスイオンを全身で浴びてるような心地よい気分の中、偶然にも彼と同じお昼ご飯を頬張った。





いい匂いがする。
なんだろう、甘い匂い。……シャンプー?

ぼんやりとした意識の中、左肩に重みを感じて目をやると一瞬で目が冴えた。頭が乗せられている。

(はっ!?誰……名字さん?)

気持ち良さそうに眠る彼女の口元に食べかすがついている。手元にある袋はおれの食べかけのそれと同じもの。
おれの隣で食べてたってこと?それでもってそのまま眠ったってこと?……何で?

「あ、あの、名字さん。起きて」

多分初めて名前を呼ぶ。話したことだって全然ないのに、おれの肩で安心しきった顔でスースー寝息を立てているとかどんな状況なの。
ほっぺを肩に乗せてうっすら口を開いて、女の子なのにこんなに無防備で大丈夫なんだろうか。

……全っ然大丈夫じゃない。

もう一度声をかけて名字さんの肩を揺らせば、んんん、と短く洩らして「クロちゃ……待って……」とかなんとか言ってる。
ペットと散歩でもしてるんだろうけど、一瞬リードのついた幼馴染みが浮かんで払うように頭を振った。冗談でもキツい。

「名字さん」

やっぱり彼女は起きそうにない。
スマホの画面で時間を確認すると予鈴までは十分程。
おれが起こさなくたってそのうち起きるだろうし、それならもういっその事寝たフリでもしておけば……。


「!」

突然画面に自分の顔が写って飛び上がりそうになった。
間違ってカメラを起動させた上にインカメになってるとかやめてほしい。
消そうとして指を伸ばしたけどふと思いとどまった。

隣から聞こえる寝息が余計に警告音を轟かせるのに加え好奇心の方も強くなっていく。
少し手首を動かすだけで彼女の顔はよく写った。

このボタンに触れるだけでこの警戒心ゼロの寝顔が手に入る。
誰も見てないわけだし、元はと言えば無防備にもたれかかってきてるのはそっちだし。
何されたって文句言えないんじゃない?一枚くらいいいんじゃないの?


「……はあ、良くないから……」

深く息をついて腕を投げ出した。
いいわけがないじゃん、ばかなの。限界まで上りつめてた緊張が全身から逃げ出して脱力感だけが残る。
見上げた空はやたら青い。柔らかい風が少し汗ばんだ額をくすぐっていく。
夏の匂いに混じったシャンプーの香りは疲れた脳には効果抜群で。


「……寄ってきたのはそっちだからね」

彼女の頭にそっと頬を乗せるとジャストサイズで感心した。
目を閉じて、彼女の呼吸に合わせるように吸った息をゆっくりと吐けば、深い深い海の底へどぷんと沈んでいくような心地よい感覚に包まれた。
これは多分、数分だけでも質のいい睡眠をとれるやつ。

やるじゃん名字さん。
声に出してそう言ったのか頭の中で思ったのか…………もう何だっていいや。


(……何だこれ、どういう状況?)
(二人とも熟睡してるしよっぽど気が合うんだろうなぁ)
(つーか黒尾はなに動画撮ってんだよ。さすがに引くんだけど。)
(だってすげー尊いじゃん何なの尊い……)


end.
2019/02/21
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -