That's how you know


「私さぁ、好きなんだよね縁下のこと」

さすがに言葉が出なかった。
『どっちかって言うとキノコよりたけのこ派なんだよね』みたいなノリでさらりと言ってのけた名字は、しばらくの間ののち、顔色も変えずにシャーペンを置いて日誌を閉じた。

「後は私が出しておくからいいよ。部活行ってら」
「……え、ちょっ」
「練習試合控えてるって言ってたじゃん。早く行かないと西谷にドヤされるよ。じゃあね」

普段よりいくらか早口な名字の背中を引き留める言葉のひとつも出てこなくて、誰もいない教室で俺はただ呆然としている。
もしやこれはジョークで、慌てふためく俺を教室の外から盗み見て楽しんでいるんじゃ……?と廊下に顔を出したが、やっぱりここには俺だけだった。
名字とは特段仲がいいわけではなくて今回の日直でまともに話したくらいだ。
それなのに何だ?俺を……好き?

時計を見れば本当に急がないといけない時間で、慌てて荷物をまとめていると、机にかけられたままの名字のカバンが目に止まって胸にじわりと熱が生まれる。

(あー単純かよ俺……)

そりゃ、女子に好きだと言われて嬉しくないわけがない。
隠す相手もいないけど情けなく緩む口元を覆った。
でも名字のことを一度もそういう対象として見たことがないのに付き合うとかってのは……どうなんだ?
付き合ってと言われたわけではないし、そもそも返事をする猶予すら与えられなかった。

そんな悶々とした状態は一晩続き、今後のことなんて俺だけがいくら考えたところで答えを出せるはずなどないのだからまずは彼女と話を──と迎えた本日。晴天。




「ごめん、やっぱり忘れて?昨日の」

朝練終わりに教室に向かう途中、まさかこんな言葉が向けられるとは夢にも思っちゃいなくて俺はまたしても言葉を失った。

「え……待って。何で?」
「間違えたから」
「まちが……って、なにをどうやったら間違えられるんだよ?」
「ごめんなかったことにして。お願い」

足元ばかりを見つめたままぽつりと零すと、前の方を歩いていたクラスメートの元へ小走りで向かってしまった。
廊下の真ん中に取り残された俺を何人かがチラチラ振り返りながら追い抜いていく。そんな事はどうでもよくて、ただ名字に言われた台詞だけがぐるぐると頭を駆け巡っていた。

「何やってんだ突っ立って。教室行かないのか?」

肩に置かれた手にハッと我に返った。さっきまで一緒に朝練をしていた成田がきょとんと覗き込んでいる。
悪い、と言いつつも心ここに在らずのまま教室へと足を運べば、本当に昨日のことは何もなかったような顔で名字が友人と談笑していて更にモヤモヤが広がっていった。



一言で言えば忘れられるわけがなかった。
告白されるのは人生で初めてだし、名字と会話することが無いとはいえ、友だちが多く優しい子だというのは普段の様子から見てとれる。
そんな彼女が紡いだ好意はすっかり俺の耳にしがみつき、勝手に頭の中で再生される度に腹の上の辺りに熱いモノが蓄積されていくのを感じた。

問題を解く手を止め顔を上げると、みんなと同じように机に視線を落としている名字に目がいった。
垂れる髪は艶やかだ。邪魔じゃないんだろうかと思った途端その髪は耳にかけられ、続いて顔がこちらに向けられたもんだから思わずパッと目を逸らした。

速まる鼓動を宥めつつもう一度見やれば彼女が見たのは俺じゃなく隣の席の奴で、何やらコソコソと話をしてはそっと口角を上げているその姿に胸がチクリと痛んだ。





「今日の縁下は上の空だな」

成田の言う通りだった。
頭の中は名字のことで埋め尽くされて、授業なんて全くと言っていいほど頭に入ってこなかった。
先生に指名されていることも気づかず、勿論何故呼ばれているのかもわからず正直に「聞いていませんでした」と答えると、暑いから窓を開けてほしいと頼まれていただけだった。怒られ損だ。

「なんだ力、夏バテか?しっかり食えよー?」
「西谷の食欲はまるで掃除機だな」
「吸引力の変わらないただ一つのそれ」

むしゃむしゃと焼きそばパンを頬張る西谷を見ていた木下と成田の会話に小さく笑って、今日何度目かわからない視線を飛ばせばまたも名字はアイツと話している。
二人はあんなに仲が良かっただろうか。いつから?
昨日のことを忘れてほしいと言っていたけどそれは、俺じゃなくやっぱりアイツが好きだと気づいたからだとしたら?

「じゃあ行くぞ名前」
「うん」

彼女の名前を呼ぶ声がしてドクリと大きな音が響く。
立ち上がった名字がアイツの後を追って教室を出ていこうとしていて、気づいたら勢いよく椅子を引いていた。

思わず引き止めた手首は細かった。
名字は驚いた様子で振り向くと相手が俺だとわかってさらに目を丸くしている。
全く言葉にならないらしくただ呆然とする彼女と同じように俺の頭の中も情けないほど真っ白だった。

「ど、どうしたの」
「…………よくわからない」
「はあ?何言って」
「忘れてって言えば忘れてもらえると思ったのか?こっちは夜も眠れないほど君のことで頭がいっぱいだったっていうのに」

力を強めると名字の瞳が震えた。
心臓はバクバク鳴っているし、さっきまで騒がしかった教室内がしんと静まり返っているのがなんとなくわかるけど、今この手を離すわけにはいかなかった。

「……今更なかったことになんて、絶対してやらないよ」

うじうじグダグダと考えるのはもう十分すぎるほどやったのだから。


「……だそうですが?」

沈黙を破ったのは今し方名字と教室を出ようとしていたクラスメートだ。

「どうせお前の早とちりだったんじゃねーの?縁下だって満更でもなさそうじゃん。なあ?」
「えっ」
「うじうじグダグダめんどくせーんだから。悩んでる暇あるんなら伝えろって何度も言ってんだろーが。縁下、悪いんだけどコイツの話ちゃんと聞いてくんない?」

わけがわからないうちに教室を追い出され、窓から覗くたくさんの顔に見送られながら二人で廊下を歩いた。
道行く生徒に凝視されてやっと手首を握ったままなことに気がついて慌てて放した。名字は俯いていて何を思っているのかは伺えそうになかった。

人気のない階段の踊り場で足を止め、ゆっくり歩いたくせに全力疾走した後のような心臓にしっかりと酸素を送ってやる。
なんて言葉をかけたらいいのか悩んだ末、ストレートに「なにか悩んでたの?」と聞いたのだけど、名字の口は施錠したみたいに堅く閉ざされたままでもう一度問いかけてみた。

「……本当に忘れてほしかった?」

顔を上げた名字はキッとこちらを睨むと「固まったじゃん」と吐き捨てた。

「……え?」
「好きって言ったとき、固まったじゃん。困ってたじゃん」
「それはたけのこ派みたいな言い方だったからっ」
「たけの……?ふざけてるの!?」
「ま、待って。あんなこと言ってきたのは俺が無反応だったからってこと?」

彼女がまたも口を閉ざすから肯定を意味しているんだとわかった。

「あんな急に、しかもサラッと告白されて驚かないわけがないだろ!初めてだったんだから!」
「知らないよこっちだって初めてだったんだもん!」
「だからって何でなかったことしようとしたんだよ!?」
「気まずくなるくらいなら今までの遠い関係のままでもいいと思ったからだよ!!」
「何勝手に気まずくなるって決めつけてるんだよ!喜んだ俺が馬鹿みたいだろ!」

勢い任せに動かしていた名字の口がピタリと止まる。
じわじわと赤くなる顔を俯かせながら小さく「……嘘だ」と呟くのが聞こえた。

「嘘なんか言わないよ。正直名字のことそういう風に思ったことないから初めは勿論戸惑ったけど……嬉しかった。忘れてって言われたのはショックだったし、今日ずっとアイツと話してる名字を見てすごくムカついてた」
「……高木にはずっと色々相談してて……」
「うん。さっきのでなんとなくわかった。……けど嫌だって思うってことはもう、今までのただのクラスメートには戻れないってことだろ」

見るからに混乱している彼女をちょっと笑って「今度は俺から言ってもいい?」と問いかければ、緊張と期待が入り交じった瞳で応えてくれた。それだけで十分だった。

「好きになったんだ名字のこと。付き合ってくれる?」


(縁下が言いおった……!)
(おい押すなよ馬鹿。)
(そっちが押したんじゃん。ちょっ、危ないって!)
(うるせえぞお前ら!聞こえな……あっ)
(……逃げろ!)


end.
2018/08/17
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いくらノーマークだった子でも、好きって言われたあとにキャンセル申請されたら余計に気になっちゃうんじゃないんだろうか!
夢主は勿論悩んだ結果の行動だけど、まんまと策にハマってくれちゃった縁下でした。
リクエストありがとうございました!
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