そこのところ、よろしくどうぞ。


彼女は、僕と付き合っていることを周りに秘密にしておいてほしいらしい。
言い分によると僕をそういう意味で想う人は僕が思う以上にたくさんいて、中でも群を抜いて地味な自分がその人たちと争わず平穏な学校生活を送るにはこっそりひっそりとしていたい、ということだ。

地味かどうかは置いておいて、別に異論はなかった。
教室で人目もはばからずベタつく趣味はないし、公表したところで何かが変わるわけじゃないのなら言う必要はない。
彼氏だ彼女だ、と周りから囃し立てられたりするのはうざったいし面倒くさいのだから。

――――『なかった』、というのはその言葉の通り過去を表していて、現状はあのとき首を縦に振ったことを後悔していることを意味している。


「なんか最近名字が可愛く見える」

体育館での授業の最中、クラスメートの話題に彼女の名前が上がるのを聞いた。
続けて「それは無い」とすっぱり切り捨てるのも聞こえて思わず振り向いてしまった。
ペアでやっている柔軟の手を緩め、同じようにストレッチをしている女子の方へ目を向けるそいつらが僕の視線に気がつくことはない。

「俺この間の席替えで近くになったじゃん。わかんないとこあったら優しく教えてくれるんだけど、そのときすげーいい匂いするし。話すときの距離が近いしでホントどきっとする」
「ふうん?」
「……そして今日のポニテの破壊力はヤバい」

最近長くなった髪が邪魔だからと高く結い上げたそこからチラリ、と見えるうなじが綺麗だ。と僕と全く同じことを思っているアイツに嫌気がさす。
ふうん、と興味無さそうにしていた方がしばらく間を置いて「恋でもしてんじゃねえ?」と呟いた。

「う……っ、もしかして彼氏とか?」
「知らねーよ。そういうのいそうなタイプにゃ見えねーけど。あんまり男と話してるところも見かけないし」
「だよなあ……」
「そんな落ちなくたって最近仲良くやってんだろ?なら友だちポジくらいには思われてんじゃねえ?」

……仲良く、ねえ。
誰にでも優しいのは彼女の長所であり短所だ。
こうやって噂されていることなんてこれっぽっちも気づいちゃいない様子で友だちと楽しそうに笑っている彼女に、ため息が出た。

「……ちょいがんばってみっかな」

咄嗟には?と言ってしまいそうになるのを堪えて振り向けば、決意に満ちた顔で彼女を見つめるそいつがいてヒヤリとした。

「え。なにマジなの?」
「うん、わりと本気」
「お前巨乳好きを豪語してたろ」
「そこは俺ががんばればいい」

わりとって何。がんばるって何を。ふざけるなよ。
知らず知らずのうちに力が篭もっていたらしく、手元の辺りから苦しそうな声がして我に返った。

「ツッキーい、痛い……」
「っ悪い。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫……ツッキーこそ怖い顔してるけど、どうしたの」
「……別に」

そうだ。別に、彼女が言い寄られたところでオーケーするわけじゃないんだし。
彼女が好きなのは僕だ。彼女は、僕の――――。


「先生」

すっと手を上げると周りの顔も上がった気がした。

「どうした月島」
「具合が悪いんですけど保健室に行ってきてもいいですか」
「勿論いいけど、大丈夫か?」
「はい。……ああでも、少しふらつくので誰かに付き添ってもらえると助かります」
「そうか。なら保健委員は……」
「相田は休みです。なので」

山口が名乗り出ようとするのを制し、女子列の前の方で前屈のまますっかり縮こまっているその背中に向かって名前を呼んでやった。

「名前」

何で名前呼び?どういう関係?なんて騒ぎ出すのがひどく滑稽で。
見事にざわつくクラスメートとは打って変わって、意地でもこちらを向こうとせず身を固くする彼女の背中にもう一声。

「保健室まで付き添ってくれるよね。保健委員さん」


すっと立ち上がった名前はズンズン歩きながら僕の元へとやってきて、下を向いたまま小さく「バカッ」と呟いた。
ポニーテールのお陰でその真っ赤に染った顔も耳も丸見えなわけで、それが自称巨乳好きのアイツをなっさけない顔にしてるんだろうな、と思ったらものすごい優越感。

仮にも体調不良の相手に「早く行くよ!」なんて言って、その場から逃げるように歩いていく彼女の後を追いながらもちらりと後方を見やれば、そこには想像以上にがっくりと肩を落としているアイツの姿があって。

(……残念でした)

彼女の指と指の間に自分のを滑らせて、柄にもなく彼女は自分のものだと知らしめるようにきゅうっと握ってみせた。
まあ実際この子は僕のなわけだし。そこらの奴に頑張らせるつもりはさらさらないんで。
そこのところ、よろしくどうぞ。


(名字帰ってきた。あれ何で髪下ろして――――あ)
(なにっ)
(……首んとこなんか赤くね?)
(やってくれたな月島のやろう……っ!!)

end.
2018/10/12
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大変お待たせしてしまい申し訳ございません!
お気に召して頂けるかめちゃくちゃ心配なんですが、少しでも楽しんでいただけるといいなあ……!
リクエストありがとうございました!
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