いつしか咲き乱れるのでしょう


ぎゅっと閉じた目を開けると大きな手があった。

太くてゴツゴツしてテーピングがきっちり巻かれた男の人の手。
そこから伸びていく引き締まった腕はやっぱり私のとは全然違って逞しくて、思わず目を奪われていると大地さんが顔を覗き込んできた。

「大丈夫かっ?」

え、とかへ、とか上手く返せないでいると旭さんが泣きそうな顔で走ってきて「本当にごめん!当たらなかった!?大丈夫!?」とあわあわされた。

「あ、当たってないです!大丈夫です!」
「あぁーよかった……マジで息止まるかと思った……」
「気をつけろよ旭。それに名字もボーッとするな」

人差し指が私のおでこに触れたと思ったらつん、と押されて一瞬わけがわからなかったけど慌てて謝った。
転がるボールを拾い上げてスパイク練習に戻っていく後ろ姿に心臓はドキドキとうるさくて、顔だって発火しちゃってるんじゃ!?ってくらい熱くなっていてハッとした。

まただ。キャプテンに注意されたっていうのに浮ついた気持ちでいるなんて言語道断。
歩み寄ってきてくれた潔子さんが「当たらなくてよかったよ」と笑ってくれて更に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

潔子さんのような素敵なマネージャーになるためにがんばらなくちゃいけないと思っているのに、練習試合のあの日から事ある事に大地さんの大きなてのひらの感触が蘇って頭の中が大地さんで溢れそうになる。

……こんなんじゃダメだ。こんなんじゃ私はいつまでたっても雑草のままで、綺麗な花を咲かすどころか蕾すらつけられない。
しっかりがんばって一日でも早く潔子さんみたくなれるように、そして私のがんばりを大地さんに……認めてもらえるように。

「潔子さん、私ドリンク作ってきてもいいですか!」
「うん。じゃあお願いしようかな」
「はいっ!ありがとうございます!」
「(ありがとうございます?)」

カゴを抱えて飛び出した外は今日もジリジリと暑い。
一つ一つにスポーツ飲料の粉末を入れていると余計にあの日が思い出された。


『それで?』
『うちのマネージャーに何か?』

あの日から大地さんを思う度に鼓動が速まるこの症状は一体全体何なんだろう。
ぎゅうっと握られた手を何度も返してみては胸が熱くなるのを抑えられない。

頭の中にすっかり居座ってしまっている大地さんの声やら笑顔やらを一旦リセットすべく目を閉ざすも、自動再生モードを貫く脳内にはいつまでもあの低い声が響いていて手の施しようがなかった。

「名字」

部員に指示を出す姿や、休憩中に談笑する横顔や私を呼ぶあのどこか優しい声はぐるぐると私の中を蠢いて、気づけば全身余すところなく侵食し尽くしてしまったようだった。

「名字」

大地さんは偉大だ。
年なんてひとつしか変わらないのにずーっと大人の人みたいで私なんかがこうやって――――。

「おい名字」
「大地さんちょっとしつこいです黙ってもらえませんかね!?」
「えっ」
「へっ」

それは頭の中のものではなく本当に横から低い声がして、すぐそこは大きな体があってサアッと血の気が引いていった。

「お前……」
「ごごごめんなさい大地さん!今のは決して大地さんに向かって言ったわけでは……いや大地さんなんですけど違うっていうか……本当に!本当にごめんなさい!真面目にやりますごめんなさい!」

勢いのまま何度も頭を下げ慌てて蛇口を捻ると、勢いよく流れた水はボトルの縁に当たり噴射機のごとく私の顔めがけて飛んできた。

「わっ、馬鹿!」

大地さんが蛇口を閉めてくれた頃には頭はひどくびしょ濡れで、ぽたぽたと静かに滴る水が訪れた沈黙の中でよく響いている気がした。

「……ごめん、なさい」

よく見れば大地さんもなかなか被害にあっていて私と同じように鼻先や顎から幾つも雫を落としている。
また大地さんに怒られてしまう。ドリンクもろくに作れずキャプテンの手を煩わせてしまう駄目マネージャー。
何でもできる先輩マネには程遠いグズグズの、ポンコツの、雑草。

「名字はホント、俺相手だとビクビクするよなあ」
「……え?」

穏やかな声に拍子抜けして見上げれば、大地さんが困ったように笑いながら肩に掛けているタオルで顔を拭っていた。

「ほら、一旦中に戻るぞ。まず髪とか全部拭いて来い」

そう言いつ体育館に戻ろうとする裾を引くと大地さんは足を止めてくれた。

「私、大地さんが怖いなんて思ってません。これっぽっちも思ってません」
「はは……悪いなぁ気ィ遣わせて。いいからとりあえず戻って」
「本当の事です!」

ついムキになって発した声はやけに大きくてしまったと思ったけど、こうでもしないと聞いてもらえないんじゃないかと袖を引く手に力を込めた。

「私、ちゃんとしたいのに大地さんの前だと上手くいかなくて……失敗してばっかりだし仕事も遅しいしポンコツだし、呆れられたり見放されたりするんじゃないかって思ったら余計……緊張して」
「……」
「大地さんが怖いんじゃないです。……大地さんの前でヘマして、嫌われるのが怖いんです」


……言ってしまった。
何も言わない大地さんが何を思っているのか、顔を上げて確かめる勇気なんてちっとも持ち合わせちゃいない。
すっかりシワシワになっている裾を放すこともできずそのままでいると、大地さんの大きな手がスッと伸びてきてびしょ濡れな頭に乗せられた。

「……頑張り屋だもんな、お前」

優しい声。優しいてのひら。
少しだけ泣きそうになりながら上を向けばくしゃりと髪をかき乱される。

「名字が自分で思ってるほどポンコツじゃないし、お前と清水のサポートのお陰で俺たちは満足に練習が出来てるんだよ。ちゃんと他の奴らだってそれをわかってるし、感謝してる」
「……ドリンクもちゃんと作れないのに、ですか?」
「次ちゃんとできれば問題なし。そういうもんだ。それにさ」

足元へ落とされた視線がもう一度私を貫いて。


「がんばってるやつは好きだよ、俺は」
「……へ」

聞き返そうと口を開くもそれを阻止するかのように頭にタオルを乗せられてガシガシと拭かれた。

「わ、大地さ、わっ!」
「戻んないんなら俺ので拭くからな。ちょっと使ったやつだからな」
「それはい、いいんですけど、あの、今の!」
「……お前が居てくれるだけでがんばれるんだ。自信持ってしゃんとしろ」


タオルの隙間から覗き見た大地さんの眼差しはうんと優しくて、それだけで私は幾らでも蕾をつけられるような自信が湧き出て。
私はずっと大地さんに恋をしていたんだなあとやっと自覚した途端、ふわりと花が開いたように心が満たされていったのだった。


(田中さんノヤさんどうしたんですか?外に何か)
(来るな日向!見たら死ぬぞ!)
(甘すぎて耐えらんねえッスよ大地さん……!)


end.
2018/08/28
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前のお話では大地さんへの恋心の自覚ゼロだったので、今回は「これが恋ね!?」なお話。
使用済みタオルで拭かれるってどうなの?ってず〜〜っと悩んだんだけど結局今も悩んでる。
大変長らくお待たせ致しました。リクエストありがとうございました!
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