逃げる気なんてさらさら、
『よそ見してんじゃねえよ。俺の言う事が聞けねえの?』
『やだ、やめてよっ!離してってば!』
『よく言うぜ……イヤなんてホントはこれっぽっちも思ってねえくせに』
(な、何それイケメンッ……!!)
昼休みの体育館裏。人気のないこの場所で友だちから借りた少女漫画に顔を埋めて胸きゅんをグッと噛み締める。
これが巷で噂のドSというやつか……!全然興味ないと思ってたけどこれはこれで良い……!
チラッと目を向けると、まだお昼のパンを食べながらゲーム機に目を落としている、ドS王子とは全く無縁の私の彼氏。
別に不満があるわけじゃない。研磨はぐうたらゲーマーなだけで優しいし頭も良いし、私のことだって大事にしてくれてるし。
この感覚は……言うならばそう、隣の芝生は青く見えるみたいなそんな感じ。
ドキドキの治まらないままもう一度漫画を読む。
誰もいない廊下で壁ドン。強制的に視線を合わせるための顎クイ。どんどん唇が近づいて。
「――『お前は俺のもんだって思い知らせてやるよ』」
「うわああっ!!?」
耳元で低い声がして思わず飛び上がった。
私が落とした漫画を手に取ってページをペラペラとめくられる。
私を見上げた研磨は一言、「こういうのが好きだったの?」と首を傾げた。
「耳のそばはダメでしょ!びっくりした!」
「でもこれそういう状況だし……」
「え、再現しようとしたの?なにどうしたの?」
「随分と鼻息荒く読んでるからそういう願望があるんだろうなって」
「願望なんかないよ!わ、悪くないなって思ってただけだよ!」
だってこの漫画の絵、キレイだし。
男の子カッコイイし……タイプだし。
ふうん、とどこか疑うように見つめられて思わずたじろいだのを研磨は見逃さなかったらしい。
「やっぱり名前もこういうことされたら嬉しい?」
「……そりゃまあ、うん」
「こうやって壁に追い詰められたり、甘い言葉言われたり……したい?」
「えっ、え?ちょっと研磨?」
ジリジリと研磨が詰め寄ってきて、膝を立てて座ったまま背中には冷たいコンクリートの感触。
私に覆い被さるようにして手を壁についた研磨の髪が目元を掠った。
「な、何してるのっ、学校だよ?」
「誰もいないよ」
「見られるかもしれないじゃん!」
「見られなかったらいいの?」
「……っ」
さっきと同じ、いつもとは違う低い声が耳を擽る。
やっと治まっていた胸の高鳴りが思い出したように仕事をし始めてどんどん苦しくなる。
胸を押し返そうと手を添えたのだけど全然力が入らず、そんな私を見ているのが楽しいらしい研磨は目を細めて意地悪な顔をしている。
「や、やだ……だめだって。やめよう?研磨そういうキャラじゃないじゃん」
「何それ。誰が決めたの?」
「え……いや、だって……どうしたの研磨」
「……別に。ただこんなの読んで顔を赤らめてるのが面白くなかっただけ」
「ただの漫画だよ……!」
そう言うと研磨は顔を顰めて私の顎に手を添えたかと思えば、「うるさいよ」と上を向かされた。
何これ、どういう状況?……何でこうなったんだっけ??
もう何が何だか訳が分からなくて、でも確かに私を見下ろしているのは研磨で。
頭がぼんやりとしてくる中うわ言のように呟いた「だめ」に研磨は息を漏らして笑った。
「よく言うよね。……『ホントはこれっぽっちも思ってないくせに』」
言い返す間もなく唇を奪われ、もう何もかもどうだっていいと思った。
――――ドS王子とは全く無縁の私の彼氏?
……どこがだ。
研磨の胸に添えていた“飾りだけ”の手をそのまま下ろす。
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴っても、いつまでも終わらない口付けに私はそっと目を閉じた。
end.
〜〜〜〜〜〜〜
さつき様、リクエストありがとうございます。
「Sっ気のある研磨」ということでしたが三、四回くらい書き直していたらこんなに遅くなってしまいました……ごめんなさい……!
どうか気に入って頂けますように……!
この度は企画参加ありがとうございました!!
また機会がありましたらよろしくお願いいたします!