アーユーレディ?


耳を疑った。何か自分の都合の良いように脳が勘違いしているんじゃないかと本気で思った。いつまでも言葉を返さない私に、孤爪くんが「嫌ならいいんだけど」と気まずそうに付け足すから、反射的に「行く!」と返事をしてしまった。

「じゃあ、時間とかはまた連絡するから」

またねと言う孤爪くんに手を振れば、控えめに振り返してくれる。
夢じゃないよね?え、これ夢?願望?
ほっぺたをつねるとしっかり痛くて、今にも叫び出したい気持ちを堪えながら家に入る。

全人類のみんな!聞いて!
私ついに、孤爪くんに、お家デートに誘われたよ!!



突然のどうしよう!?≠ノ備えて予め用意しておいた、所謂勝負下着というやつをタンスの奧から取り出す。付き合い初めて割とすぐにあっちゃんとゆりぽんと選びに行った、ちょっと背伸びをした黒色の大人っぽいデザインのもの。

可愛い服だってもちろん準備済みだ。ゆりぽんが選んでくれたロングのプリーツスカート。ミニスカートの売り場で立ち尽くしていた私にわざとらしく、「ガツガツしたら孤爪がビビるよ」なんて懐かしい言葉をかけてからにっこりと続けた。

「もし親御さんに会ったりなんてことがあったらさ、綺麗めな格好の方が気まずくないからね」


その状況になった今、ゆりぽんのそんな言葉を思い出している。




「うわぁ、こんな可愛い子が研磨の彼女とか信じられないなぁ」

私の大好きな人によく似た顔で、大好きな人のお母さんが笑っている。
ガチガチの私に孤爪くんが「そんな緊張しなくても大丈夫だから」とかなんとか言っているけど無理じゃんそんなの。柔らかい髪の毛とか、目元とか本当にそっくり。可愛い。てかなんか家の中いい匂いするんだけど何これ。

震えながらも持ってきたお菓子を差し出した。「わざわざいいのに〜。ありがとね」とお母さんに微笑まれた途端に、ドキドキときゅんが入り交じってしまって脳がパニックを起こし始めた。序盤だというのに私のライフが残り少ないことに孤爪くんが気づいてくれたらしく、部屋へと案内してくれた。

孤爪くんの部屋はきちんと整理整頓されていて私のとは大違いだ。
適当に座っていいよ、なんて言われても適当がどこを指すのかさっぱりわからなくて、とりあえずベッドを背に床に座った。
あ、あのカーディガンはいつも孤爪くんが着ているものだ、と当たり前のことを思ってしまう。あの鞄も、制服だって全部。
私は本当に、本当に今、夢にまで見た孤爪くんの部屋の空気を吸っている。

孤爪くんの匂いで肺を満たしていると、すぐにお母さんがお菓子や飲み物を持ってきてくれた。まだあるから言ってねーなんてニコニコしてくれている。
「いいから早く行って」とうんざり顔の孤爪くんは扉を閉めるなり、「ごめんね」と肩を落とした。

「連れて来るって話してからずっとああで」
「えっいや、嬉しいよ!それよか私みたいな不束者が来てごめんね!?」
「え……別にそんなことないけど」

感じのいいお母さんだし、私のことを良く思ってくれているのがひしひしと伝わってくる。
何が問題って、私の中にあるこの後ろめたさだった。

勝手にこういう%はご両親が不在なもんだと思っていたから、お家からお母さんが出てきた時は息が止まるかと思った。微笑まれるたびに真っ黒なレースが間違っても見えませんようにと祈っていた。
気持ちを誤魔化しつつ、「孤爪くんてお母さん似だね」と言ってみたら少し嫌な顔をされたのが面白かった。

本当に、ほんっとうに恥ずかしい話なんだけど、それ∴ネ外の過ごし方を考えてこなかった。心の中で思い浮かべた友人の顔に助けを求めるも、二人揃って親指を立てるだけで何のアドバイスもくれやしない。

並んで静かにお菓子を食べていると「……狩りにでも行く?」と孤爪くんが言う。狩りでもパーティーでも何だっていい。私は喜んで頷いた。





「助けて!助けて孤爪くん!死ぬ!死ぬ!」
「待って粉塵もうない、エリア移動してっ」
「やだやだ!3タテはやだ!ギャーッまたこっち来た!ねえ何でこっちばっか来るの!?」
「あっちも足引きずってるしもうちょっとだと思うんだけど……」

孤爪くんの「あ」と共にモンスターが倒れて、クリアを知らせる音楽が流れた。ギリギリのところだった。主に私が。
ふーっと息をつく孤爪くんに何度も感謝を伝えながら素材を剥ぎ取る。あんなにしつこく攻撃したはずなのに、肝心な翼の部分が剥ぎ取れなかったことを伝えると、「ちゃんと破壊してるし報酬で出るよ」と画面に目を落としたまま言われた。へえ、そういうものなんだ。
孤爪くんの言う通り報酬画面で翼を手に入れ、他の素材も順に受け取る。中でも随分とレアそうなマークに手が止まった。

「孤爪くん、これってさあ」

画面を見せると、孤爪くんがぐったりとベッドにもたれかかった。

「物欲センサーが全力で仕事してる……」
「交換機能とかあればいいのにね」
「ほんとにね。次二頭狩りでもいい?そっちの方が出る確率高いし」
「えっ倒せる確率は?」
「それはみょうじさん次第」
「なるほど」

頭をベッドに乗せたままの孤爪くんがじっと私を見つめながら、「少し休む?」と聞いてきた。

「ううん!やる気いっぱい」

回復するやつもうちょっと持ってこうかな、なんてブツブツ言っていたらなぜだか笑われてしまった。





カーソルを回して色々な角度からアバターを眺める。
すごい。同じ格好をした孤爪くんのキャラクターの周りを走る。孤爪くんオススメの装備完成までの道のりは長く険しいものだったけど、ついに最終段階まで強化できた。金ぴかでめちゃくちゃ格好いい。

「喜びすぎ」と呆れる孤爪くんに何度目かわからないありがとうを伝えた。孤爪くんだって念願のレア素材を手に入れてホクホクしてるとこ、私ばっちり見ちゃったもんね。

目がシパシパしているし、ゲーム機の充電も残り少ない。時計を見るともういい時間で外もすっかりオレンジ色になっている。しっかりセーブをして電源を落とした。
随分と長い時間遊んでしまったなあ。ぐぐっと体を伸ばして首も回す。充実感で満たされている脳内にふと、シャツの隙間からチラリと黒が飛び込んできて我に返った。


……貴重な初めてのおうち時間を狩りに費やしてしまった。全て。全てだよ。本当に全て。
本当に私は、私たちは、そういう事とは縁がないようにできているのかもしれないと思った。
それなのに。またとないチャンスを棒に振ってしまったのに、それほど落ち込んでいない自分もいる。

実際問題楽しかった。孤爪くんも楽しそうだったしまあいいか、なんて思っちゃったり。そんなだからアンタらは進展しないのよ!と、あっちゃんとゆりぽんには言われてしまいそうだけど仕方がない。

黒レース、ごめんね。キミはまたバレないようにこっそり洗ってタンスの奥深く行きだよ。元気でいてね……。そう思いを馳せる私の顔を、孤爪くんが覗き込んできた。

「帰るの?」

今日はゆりぽんの家に遊びに行くって嘘をついてきてしまったし、あまり遅くならないようにとも言われている。
そろそろね、と返事をしながらゲーム機を鞄にしまった。次来た時は武器作りたいなぁ、お揃いの。孤爪くんからは「結構大変だよ」と返ってきた。

「そこは大丈夫でしょ、孤爪くんいるし」
「なまえが死ななきゃね」
「あはは、それは責任重だ……い」

あんまりさらりと言ってのけるから聞き流しそうになった。
遅れて熱くなった顔を孤爪くんがクスクス笑っている。もう、孤爪くんの気まぐれ≠ヘいつも私にクリーンヒットだ。ずるい人だなあ。

孤爪くん、きっと、私がドキドキしながら今日という日を迎えたなんて夢にも思っていないんじゃないかな。
普通はさあ、いや、普通とかよく知らないけど、彼女が彼氏の家に遊びに行くってやっぱり、そういう期待とか覚悟とかさあ。誰しもさあ。

「次は事前に教えてよね。親がいるとかいないとか」

心の準備とかあるんだからね。そう伝えると孤爪くんは飲んでいたジュースをテーブルに置いた。


「今日はしてきたの?準備」


涼しい顔。本当にずるい。

心臓がドキドキしてうるさい。
孤爪くんの口の端っこが楽しげに上がったのが見えた。

「……すっ、そ、んなの!するに決まってるじゃん!」

悔しい。何なんだいっつも。ばか。かっこいい。ばか。
半ばヤケになった私が面白かったらしい。孤爪くんがいよいよ吹き出した。からかわれている。

「その割には狩り楽しんでたよね」
「当たり前じゃん!?彼氏と遊ぶのって楽しいんだよ!?」
「ねえ」
「なに!?」

「ほんとはちょっと怖かったんじゃない?」


孤爪くんの声がぽとんと胸に落っこちて、じわじわと優しく広がっていくような感覚だった。
頭の中で今言われたばかりの言葉を繰り返す。
『ほんとは、ちょっと怖かったんじゃない?』

ほんとは、本当はさ。


すっかり勢いをなくした私を孤爪くんが優しく笑っている。

「うちに来ることは家の人に言ったの?」
「……言ってない」
「コソコソするの後ろめたかったでしょ」
「……うん」
「次からはそういうのいらないからちゃんと言っといでよ。うちの親もあんな感じだし、軽い気持ちで来なよ」

初めから言っておけば良かったね、ごめん。でもどんな反応するのか見てみたくて。と孤爪くんがバツが悪そうに続けた。

「なんでわかったの?」
「何が?」
「……ちょっとだけ怖いなーって思ってたこと」

口を尖らせたら拗ねたような声になってしまった。何秒か私を見つめてから、孤爪くんが私のすぐ隣に座り直してきた。肩と肩が触れて、服越しにじんわりと体温が伝わってくる。

「見てたらわかるよ」
「そうなの?」
「うちの親見てちょっとほっとした顔してたし」
「いやふつーにびっくりしたからね」
「ごめん」

ふふ、と笑われるのが悔しくて「心の準備が台無しです〜っ」と肘で軽く小突いてやった。


勿論興味が無いわけじゃない。寧ろ大アリ。
孤爪くんのそういう顔とか見てみたいし、もっとすごいチューとかもそりゃしてみたい。
ただその、所謂最後まで≠チていうのがまだちょっと、知識不足で。痛みとかもそうだけど、もしも何か間違ってしまったら二人だけの問題じゃ済まなくなる可能性だって、ある、わけだし。

孤爪くんはどう思ってるんだろう。
私、こんなに迷ってるくせに、いざ孤爪くんに迫られたら絶対拒めないだろうなって確信があるんだよね。内緒だけど。

「今度はちゃんと言う。誰もいないって」
「はい。そーしてください」
「だから、その時こそお願いね」

ん?と首を傾げる私の肩に人差し指がつんと触れる。


「その上でまたそれ付けてきたら、オッケーって意味で受け取るから。そのつもりでいて」


もうほとんど空っぽのコップを手に取った孤爪くんが「わかった?」と念を押す。髪の隙間からちらっと見えた耳が赤く色付いていて、すっかり何も言えなくなった私はもう、頷くことで精一杯だった。

end.

『孤爪くんとお家デート』でした。

top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -