バタフライエフェクト


※大澤とのifストーリーです。

自転車をぐんぐん漕いですっかり遠くなった後ろ姿から視線を外し、息をこぼした。
胸と胃の真ん中辺りがぎゅううっと圧迫されたように苦しい。俺の思い違いじゃなければ、さっきのアレは本来表に出てきていい言葉ではなかったはずだ。心の声。本音。

「……っぶねー……」


俺への、好意。


(かっわいい……っ)

くうっと拳を握りしめ、そのまま額に押し当てた。
何だあれ、思ってることポロッと出てきちゃうシステムなの?無意識?えっそんなことある??
同じ場所を右へ左へとぐるぐる動き回りながらさっきまでのあの子の事を思い浮かべる。
全然隠しきれてない動揺と真っ赤になっちゃった顔が残念だけど全部、俺への気持ちを全部、認めちゃってるようなもんで。

少し震えている手で口を覆う。
本人を前にこんなだらしない顔を晒す羽目にならなくて本当に良かった、と一人空を見上げた。


時刻表通りにやってきたバスは一般生徒と下校時間がズレるおかげでぽつぽつと空席があった。後ろの二人掛けが空いていたのでありがたく座らせてもらう事にした。
降りるまで10分弱。窓の外を眺めながら未だ落ち着かない心臓にゆっくりと酸素を運んでやる。

初めて話をしたのが数日前。なんか面白い子だなーって第一印象の中には、初めから好きかも≠ェ含まれていたんじゃないかと今となってみれば思う。

明るくて楽しくて、ふにゃふにゃ笑うところなんかが可愛い。小さい口でちょっとずつ肉まんを頬張る姿なんて、そっちの方がよっぽど小動物に見える。
ふと体育の時のことを思い出してにやけてしまった。申し訳ない気持ちは勿論あるし、あれはたしかに俺のタイミングが悪かったと思う。でも、あの固まってる姿も可愛いかったなあ。

初めて話した時のカタコトな喋り方も、問題が解けてはしゃぐところも、全部。ほんとうに、全部。これはもうダメだ、手遅れだなーと自分でも笑うしかない。

どうやらいつの間にか、自力では戻れないような深いところまで転がり落ちてしまっているらしい。


ドキドキと落ち着かないまま朝を迎えて、今日もいつもと同じバスに乗り登校する。落ち着かないのは昨日の事があったからっていうのも勿論そうだけど、みょうじさんと過ごせる口実が終わってしまうという焦りみたいなのもあった。

どんな顔で会えばいいだろう、ってまあ、どちらかと言えばあっちが悩んでそうだなあ、とも思う。
今日も一緒に帰ろうって誘って、またあそこで寄り道してあわよくば連絡先を交換したりなんてできたら。
今日の授業も難しくてさーとかそんなんでいい。他愛のないやりとりがしたい。

口実なんてなくたって、一緒に。


「おはよー大澤!」
「おっす」
「いよいよ追試だね。今回はやらかさないでよ?」
「さすがにもうやらかしませーん」

一瞬、追追試になればまだ隣にいられるのでは?と我ながら頭の悪い考えが浮かんだけど、そもそもみょうじさんも落ちる前提かよと気がついて心の中で謝った。

「ていうか大澤、limeの新しいアイコン可愛いね」
「ああアレね、実は俺」
「何言っちゃってんの?」

俺って小動物みたいで可愛いんだって。クラスメイトは意味がわからないと首を傾げていた。



多分、出会うべくして出会ったんだと思う。
漫画の主人公みたいに。当たり前のように。始めからお互いに惹かれ合うようにできてたんだって、本気で。

本気でそう思っていた。



「うわ、ちょっと!わっ!ぐしゃぐしゃんなるじゃんやめて!?」

みょうじさんのクラスの前を通りかかって、一目見たくて目だけで覗いた。明るい声はすぐに耳に届いた。
そして、隣にあったひどく穏やかな眼差しにも気づいてしまった。


『あのニブチンは絶対気づかないよ?』

『──幸せそうに笑っててくれんならそれでいいよ』


いつだか聞いたそんなやり取りも、思い出してしまった。









「はい、やめ」

頭上から降ってきた声に現実に戻された。
早く渡せと言わんばかりの先生にとうに埋め終わっていた問題用紙を渡すと、同じように手渡したみょうじさんが少し緊張した面持ちで顔を寄せてきた。

「なんか、いつもよりちゃんと解けた気がするかも」

先生が赤ペンでさっそく採点を始めるのを見守りながら、両手を合わせて「神様……!」なんて呟くのを盗み見る。
追試は基礎基本の寄せ集めだった。90点が合格ラインと言えど、よっぽどのことがなければ落としようがないし、解き方は嫌という程二人で復習したから心配はいらないだろうに。

ハラハラしている姿を見ていたら知らないうちに口元が緩んでいて、気づかれないように手で覆う。
リズミカルに用紙の上を滑るペンの音を静かに聞いて、カチッと蓋が閉められるとみょうじさんの姿勢がより正された。

「はい合格。お疲れさん」

二人とも合格だった。
よかったね、と微笑むとグリンッと首をこちらに向けて「大澤くんのおかげだよー!ありがとう!」と彼女が笑った。
俺は別に何もしてない。好きだな、可愛いなって思ってただけだ。勝手に運命みたいなものを感じていただけ。
今だって、一人で勝手にモヤモヤしているだけだ。

筆記用具を片付けていると、少し落ち着かない様子のみょうじさんに名前を呼ばれた。
改まったその口調に、できるだけ優しく「なに?」と聞き返す。

「今日はその、わ、私が──」
「大澤!」

みょうじさんの声は別の人物によって遮られてしまった。俺のクラスの子だ。

「終わった?追試!どうだった?」
「おかげさまで合格です〜」
「よかったじゃん!凡ミスで追試とかホント馬鹿なんだから。ねえ補習終わったなら今日こそカラオケ行こうよ、前から言ってたじゃん」

げ、と声に出しそうになったのを呑み込んで「あーっ、そうだっけ?」と返した。
よりによって今日かよ。この機会を逃したら次またいつ二人でいられるかわからないのに。
悪いけど今日はこの子の帰るから、と言いかけて思いとどまった。

「あー、わかった。オーケー」

我ながら意地が悪いなと思う。
黙って話を聞いているみょうじさんの顔には行ってほしくないってしっかりと書いてあるのに、仕返しをしてやりたいと思ってしまった。
クラスメイトに先に行っててもらうように伝えて、荷物を鞄に詰め込んでいるとみょうじさんが言った。

「カラオケいいなぁ。楽しんできてね」

そんなこと思ってもいないくせに、と妙な充足感。そして、罪悪感。

嫌だった。君があんなに愛情深い目で見られていることが。近い距離感が。俺は今日で終わりかもしれないのに、それがきっとずっと、あの教室で続いていくことが。
同じような気持ちを味わえばいいなんて、勝手なことを思う自分に嫌気がさした。

「じゃあ……またねみょうじさん。三日間お疲れ様」

鞄を背負って廊下に出た。こんなはずじゃなかったんだけどなあ、とため息が出そうだった。

この三日間、本当に彼女のことばかりを考えていた。
高校に通い始めて三年目にしてやっと知り合った。クラスも違うし、今まで通りの生活じゃ間違いなく関わり合えなかった。
こんなに近くにいられたのはこの接点≠ェあったからで、それももう、今日で終わりで。

……本当にこれでよかった?

彼女の隣を当たり前に歩いていられる最後のチャンスを、身勝手な嫉妬心なんかのためにこんな簡単に棒に振って、しまっても。




「 ──みょうじさ、……っ?!」

踵を返して教室へ戻ろうとしたときだ。胸の辺りにドンッと衝撃を受けた。
わけがわからないうちに飛び込んできたのはみょうじさんだった。咄嗟に体を受け止めて、大丈夫かと問いかけるよりも早く彼女がバッと顔を上げた。

「あ、あのっ、あのね。勉強教えてくれたり、一緒に帰ったり、奢ってくれたりすごく嬉しくて!」
「……っ」
「追試だってね、大澤くんがいたから合格できたんだと思ってるし、大澤くんには感謝してもしきれなくって……本当にほんっとうにありがとう!」


まるで、たくさんの星の中にいるみたいだった。

目の前がきらきらして、腹の辺りがぐわっと熱くなって。
胸がぎゅうっと、締め付けられて。


「だからね、これ、寄せ集めで申し訳ないんだけどよかっ、」
「好きだよ」
「た、ら……え?」

「好きだよ」


例えば俺が、君が、赤点を取らなかったとしたら。

教科書を忘れなかったら。

教室まで引き返さなかったら。

あの瞳に君が、気がついたとしたら。



「……みょうじさんが好きだよ」



出会うべくして出会ったと、運命だったのだと、自信を持って思えなくなるような出来事があったとしたら。



「大澤くん」
「……はい」

「……私も、好きです」



それでも。

誰がなんと言おうとこれは、俺と君の物語だ。





ひょっとすると、今まで勉強してきた成果を発揮する絶好の機会だったんじゃないか。始めはきょとんと首を傾げていたみょうじさんだったけれど、意味が通じるとクスクス笑った。

「肝心なときに出てこないことは証明済みじゃん」
「あの時は急だったんですー」
「今日は違ったの?」
「……急ですー」

人のこと肉まんとか言ってくれちゃってさーとわざとらしくむくれる顔が可愛くて、くうっと一人噛みしめる。

「試しに何か言ってみる?」
「試しって」
「ほらほら〜どうぞ?」

完全に面白がられている。
悔しい気持ちはあるけれど、それよりも今もまた隣を歩けていることに対する浮かれた気持ちの方が強すぎて正直頭が働かない。
みょうじさんがニヤニヤしながら俺の言葉を待っている。

「……肉まんみたいで可愛いね?」
「ちょっと!?」
「ふははっ」

むくれた顔、やっぱり可愛い。「失礼すぎですー!」なんて言いつつも、お腹を抱えて笑う俺につられてみょうじさんが楽しそうに笑っている。

「はー、ほんと好き」

ぽろっとこぼれてしまった馬鹿の一つ覚えみたいなそれを、みょうじさんは真っ赤な顔で受け取った。


end.

『大澤くんとの幸せなもしものお話』でした。

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