嵐は平穏の終わりを告げる

私はすっかり頭を悩ませてしまっている。
あの日から事ある事に名前を呼ばれる。「会いに行きますから!」宣言の通り、彼と毎日顔を合わせる日々を送ることになるとは思いもしなかった。

移動教室に向かう最中。掃除当番のゴミ捨て。学食。その他諸々。
この五色工との遭遇率は異常じゃないかと思い始めた頃、もしやGPSでも仕組まれているのでは、と何度も衣服を確認するようになった。どうやら私の心身ダメージはなかなかのものらしい。


「名字さん!おはようございます!」

そして今朝。ついに教室に響いたその声に多分ここにいる全員が顔を上げた。
誰?名字さんを呼んだ?あの名字を?などとヒソヒソ話されるのはさすがに不愉快だ。
大きな音を立てて椅子を引けば、今度はこちらに目を向けられる。たまったもんじゃない。


「あのさ、こういうのもうやめてもらえないかな」

廊下に出て彼に詰め寄ると、大きな目を丸くして「こういうのとは?」と返される。

「わざわざ会いに来たりしないでって言ってるの」
「嫌ですか?」
「嫌ですね」
「っ、でも会いに来なきゃ……会えないですし」

真剣な顔で言われてしまい、言葉を呑むことしかできない。
廊下を歩く生徒たちもチラチラとこちらを見ているし、はーっと溜息を吐いて彼を見据えた。

「目的は何?」

「……へっ?目的」
「何で私に付きまとうの。何か企んでるの?」

問い詰める私に対して本日二度目のまあるい瞳。
五色工は何やら固まって、いつも以上に眉を寄せた。


「……あなたと、お、オツキアイをしたいからですっ」
「はぁ」



「……はぁっ??」

あまりに不可解な発言に思わず聞き返してしまった。
みるみる赤く染まる五色工の顔にさらに混乱した。
オツキ……お付き合……えっ、なんて??

「初めてお会いしたあの時から、俺っ」
「待って。この間のアレは事故だったわけだし、もし何か責任のようなものを感じてるのならあなたが気にする必要は全くないから」
「責任とかそういうので言ってるんじゃないです!ただ俺はあなたのこと」
「だから。それも含めて勘違いなんじゃないかって言ってるんだよ」

ぽかんとはてなマークを浮かべている彼に一言、「珍しい状況のせいでそんな気分になっちゃってるんだろうけど」と続けた。


「一時的に恋をしているような感覚≠ノ陥ってるだけじゃない?それ」


言い終わってからの沈黙にハッとする。
年下の男子に向かってきつい言い方をするなんて大人気なかったかもしれない。
難しい表情で足元に視線を落としている五色工を見ていたら、罪悪感のようなものがわいてきて、ムズムズと落ち着かなくなって。

ごめんなさい、と言うよりも早く五色工が口を開いた。


「じゃあ、一時的なものじゃないってことを証明してみせます」
「えっ、いいです。大丈夫です」
「勘違いじゃないってことがわかったらその時はちゃんと受け入れてくださいね!俺があなたを好きなこと!それで俺のことも好きになってください!」


呆然と立ち尽くす私を指差した五色工は「いいですね!?じゃあ失礼します!」と嵐のように去っていった。

取り残された廊下の真ん中で一人、やり取りを思い返す。私はやめてほしいというニュアンスで伝えたとばかり思っていたけれど、最後のあのやる気に満ち溢れた顔は何だ。

フラフラと教室に戻ろうとすると、ほとんどのクラスメイトがドアの辺りに集まっていて野次馬と化していた。
気まずそうに曖昧な笑みを浮かべられてもそれらに構っている余裕はない。
自分の席について頭を抱えた。多分……違うな、間違いなく、今までの静かな毎日が戻ってこないことを受け入れざるを得なかった。

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