変なのに目をつけられました

冬休みが明けた久しぶりの教室は友人たちとの再会で普段以上に賑わっている。
何をそんなに話すことがあるのかとただ純粋に疑問に思いながら、今日の授業の教科書を机の中にしまっていく。

もしも私が何をしていたかと問われたとするならば勉強していた≠ノ尽きる。
何故って、そうこうしているうちに受験生になってしまうし。
少し手を抜けばすぐ結果に出るし成績維持は容易じゃない。
唯一遊びに出かけたとすれば友人との初詣だけかもしれないな、と思い返したところで、あの出来事がふと脳裏を過ぎった。

確かに顔に何か、多分彼の顔はぶつかった気がするけど、それは本当に唇だっただろうか。
なかなかの勢いと衝撃だったし柔らかさだとかは一切感じなかった。
仮にそうだったとしてもあれはただの接触事故。誤ってぶつかってしまった箇所が不運にも唇と唇だった。それだけのこと。満員電車で肩と肩が触れるのと何が、と考えて思い直す。いや、それはさすがに別物か。例えが悪い。

「名字さん」

静かな声が私の名前を呼んだ。記憶に新しい声だった。
顔を上げると初詣のときに居たバレー部員が机の横に立っていた。
薄い表情の中に気まずさのようなものが見えたので、「初詣の時の話?」とこちらから聞いてみる。
彼は目を丸くした後、すぐに普段通りの顔をして「あー、そうなんだけど」と返してきた。

「ぶつかったのうちの後輩で、名字さんは気にするなって言ったみたいだけど。アイツ──」
「もしあの人がまだ気にしてるんならあれは事故だから仕方がなかった、って伝えておいてほしいんだけど」

今度は眉をひそめた。

「気にしてるっていうか、多分名字さんが思ってるようなのじゃ」

話の途中だったのだけど、担任が入ってきたことで同級生たちはパラパラと自分の席に着く。
私の横にいるバレー部はまだ何か話がある様子だったものの、担任に目配せをされ「一応謝っておくけど。ごめん」と戻っていった。

……彼が謝る必要なんてどこにあるというのだろう?





冬休み中の課題で理解できなかった問題について質問すべく、私は職員室へと足を向かわせた。
中を覗くと先生の席が空いているのが見えた。お昼だし外出してしまっているのだろうか。

(……出直そう)

くるりと踵を返して戻ろうとしたとき、すぐ後ろに人がいることに気が付かずドンッとぶつかってしまった。
その人が持っていたノートの山が床に散らばって咄嗟に「すみません」と屈んだのだけど、返事はなく、更には突っ立ったまま動かない。

顔を上げた先に綺麗に切りそろえられた前髪≠ェあって思わず固まった。
まさか、こんな所で出会すなんて。
同じことを彼も思っているのは表情を見れば明らかだった。

「うっ、ウンメイ!」
「(ウンメ……運命?)」
「俺のこと覚えてますかっ?あの初詣のとき、あ、あなたに……!」

たどたどしい彼に多少動揺しつつ覚えている事を告げると、何故か心底嬉しそうな顔をしてみせた。

「もう一度会えたってことはやっぱりアレはホンモノ……」
「はぁ……」
「俺、一年四組の五色工って言います」

ぶちまけたノートのことはどうでもいいらしい。
床に片膝をついたかと思えばやけにキラキラした瞳の彼、五色工が私の肩をガッシリと掴んだ。

「多分、いや間違いなくアナタと俺は赤い糸で結ばれてるんだと思います。もしくはあの瞬間に結ばれた……?」
「は?赤いなに?」
「名前を教えていただけますか!」
「嫌だけど」
「なっ!?どうして!」

白布さんも絶対教えてくれないし!と頬を膨らませられても。
こんな意味のわからない人に平気で名前を教えるわけがないし、赤い糸だとか運命だとか、そんなセリフに余計に警戒心を持たれていることに気づいてないんだろう。

「とりあえず離してもらえる?」
「いいえ!教えてくれるまで離しません!」
「いいや、今すぐに離すんだ五色」

私の上部後方から聞こえた低い声に彼がビクリと震えた。
職員室から出てきたのは一年の学年主任の先生で、それがわかると彼はすぐ様姿勢を正した。

「そういうのはもっと人目につかないところでやりなさい。それと押してばっかじゃなく適度に引け。女子はそういうのに弱いんだぞ」
「……っ、勉強になります!」

思ってたのとは全然違うやり取りがなされている。
ため息をひとつこぼして揃えたノートを差し出した。

「ぶつかっちゃってごめんなさいね。じゃあ私はこれで」
「えっ!?待って……!」

ノートじゃなく私の腕を掴んだ五色工は、難しい顔をしたまま少し考える素振りを見せてからくいっと控えめに引いてきた。


「また、会えますか」

縋るような瞳で真っ直ぐに見つめられるのは慣れていなくて思わず目をそらしてしまった。

「そりゃ、同じ校舎にいるわけだし見かけることくらいはあると思うけど」
「…………」
「どうしたの?」

反応がない彼へ視線を戻せば私の手元を凝視していた。
もう一度私を向いた彼はやけに目をキラキラさせていて。


「名字名前さん」
「えっ」
「二年四組の、名字名前さん……!」


何事だと目をやれば、私の手にはしっかり記名されたプリントがあった。
しまったと思ったところでもう遅かった。「同じ四組なんてすごい……!本当に運命!?」と大喜びしている彼の記憶からこの情報が抹消されることは百パーセントありえないだろう。

「俺会いに行きます!毎日!お望みでしたら毎時間でも!」
「待って望んでない来なくていい。っていうかいつまで腕握ってるの」
「わっす、すみません!」

謝ったくせになかなかその手を離そうとしない五色工は、またしても控えめに私の腕を引いた。

「ちょ……」
「また明日、会えるの楽しみにしてますね。名字さん」




「『適度に引け』の意味を思いっきり履き違えてんなぁ五色の奴……」

手渡されたノートを抱えながら先生が呟いてる。
彼が浮かれているのが遠くなる背中からも見て取れる。

名字も厄介なのに目ぇつけられたな。がんばれよ。
哀れむ眼差しを向けられ、一人取り残された廊下で頭を抱えた。

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