これはもしや、俗に言う

『──学問 努力すればよろし』


(……神様までなに教師みたいな事を)

そう私が呆れて白い息をこぼす傍らで、同じようにおみくじに目を落とす友人があからさまに肩まで落としている。

「待人来ず、恋愛望みなし……あんまりだ……」
「あ、でも学問のとこ良い結果が出るでしょうって。ほら」
「まあそこは……うん。名前はどうだった?」
「今まで通りどりょ」
「勉強じゃなくてよ!?正月くらい忘れるべし!」

一番気になるのはそこなんだけど、なんて最後までは聞いてもらえず、バッとおみくじを奪い取られ凝視。
一緒になって覗き込んだときにその手が震えていることに気がついた。手袋持ってこないから……と鞄の中のカイロのことを思っていると、勢いよく顔が上がってびっくりした。

「恋愛、良いでしょう、待人、来る!驚くことあり!!」
「驚くこと」
「もしかしたら憧れの牛島センパイとお近づきになれるイベントがあるかもよ?」

友人の言葉に今度は私が肩を落とす。
もう何度言ってきたか数えられないくらいなのに、彼女の耳には全く届いていないらしかった。
もはや台本を読み上げているかのようにすっかり言い慣れてしまったそれを、静かに口にした。

「だから牛島先輩はそういうのじゃないんだってば」
「まあまあ」
「学業と部活の両立のコツを」
「あっ。牛島センパイ」

「「えっ」」

反射的に顔を向けてしまった。
驚くべきは、私の声に被さるように別の誰かの声も聞こえたことだった。その途端。
私のすぐ前にいた人が誰かにぶつかられ、バランスを崩して倒れ込んできた。咄嗟に両腕を広げていた。

視界に飛び込んできた『やけに綺麗に切りそろえられた前髪』をどうこう思う間もなく、顔面にガツンと衝撃を受けた。
勢いにくらりとしたが、グッと足を踏み込んでどうにか耐える。
受け止めた体は私よりずっと大きかった。

あまりに突然で一瞬の出来事に理解が追いつかない。でも咄嗟の割りには上手く支えられたのではと安心する。ところで、覆い被さったまま動かないこの人は大丈夫だろうか?
問いかけても返事はない。友人に目で助けを求めると口に手を当ててわなわなと震えていた。何だろう。
突然再起動したその人は、私の肩をぎゅうっと掴むと慌てて体を起こした。俯いた綺麗な髪の隙間から真っ赤になった顔が見える。目力が強いことに少し、狼狽えてしまった。

「す、すみみゃせん!!! 」
「すみみゃ……」

口が回っていない。よく見たらとても背の高い男子だった。
鼻も頬も真っ赤で大きな手で口を覆っている。その姿を思わずじっと見ていたら、勢いよく頭を下げられた。

「ぶつかってしまってすみませんッ!決してわざととか、狙ったわけではっ!!」

狙ったって何のことだろう。他人にぶつかられてたはずだけど。
意味がわからないながらも「いや、別にお構いなく 」と返せばその人は更に慌てた。

「え、!でも……くち……!」
「何してんだ五色行くぞ……って、あれ」

目の前の彼を『ゴシキ』と呼んだその人が私を見て足を止める。
見たことある人だなと思ったら同じクラスの、確か男子バレー部の人だ。成績もなかなかの、し、しら、しらぶ?まあいい。

「本当に何も気にしていないのであなたもそうしてください。あの、それじゃ」
「えっ、待っ……!」

とりあえずバレー部の同級生にも頭を下げて友人を手招くと、何か言いたげな様子のまま小走りでついてきた。

「何でそんな平気な顔してるの?」
「何でって、別にお詫びとかしてもらうほどのことじゃないよ」
「……もしかして名前、事の重大さに気づいてない?」

ジンジンと痛む口元を擦りながら「何の話?」と問えば。
眉をぎゅっと寄せて、カッと目を見開いた友人が言い放った。

「キスしちゃったの!今!あの子と!」

「……誰が?」
「名前が!」
「嘘」
「そう思うなら鏡をどうぞ!」

差し出された鏡を覗けば、さっきの人みたいに赤くなった頬と鼻があって、さっきお手洗で塗り直したばかりの色付きのリップがみっともなく滲んでいた。

握ったままのおみくじがくしゃりと音を立てた。



「そういえば結局牛島先輩見つけられなかったんだけど」
「〜〜嘘だよッ!なんかもうごめんッ!!」

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