かみさまのいうとおり(五色side)

「聞いたよ〜工、ウサギちゃんに公開告白し続けてるんだってね〜?」

突然聞こえた先輩の声に体が飛び跳ね、シャープペンが転がる。
何でここの人たちはこうも勝手に寮部屋に入ってきてしまうんだろう。今まで何度もそう思ってきて、最近はもう諦めつつもある。廊下から別の驚く声がしてドタドタと駆け寄ってきたかと思うと、天童さんの後ろから「し続けてるって何だよ!?」と瀬見さんが顔を出した。

正直もう、思い出すだけで火が出そうだった。
いくら自分で決めたことと言えど、ただの十六歳。高校一年。好きな人に好きだと伝えることはひどく勇気がいるし、怖いとさえ思う。それに加えて相手はクールな人で、俺からの好意を全くよく思っておらず、迷惑にすら感じていることは誰から見ても明らかだった。

どうしたらいいのか考えに考えて、出した答えがある。
『場数を踏む』『数打ちゃ当たる』『努力は必ず報われる』
まあどれも先輩方からの助言だけどやらないよりはずっといい。俺の存在を知らしめたい。あの人の中に割り込んで、居座りたい。

自分を好きだと勘違いしているだけなんじゃないか、とあの人は言った。
勘違い、とは違うけど、意地になっているのは認める。一時的なものでないことを証明してみせます、だなんて大口を叩いたその日は恥ずかしすぎて机に突っ伏し続けたし、現実でも夢の中でも指をさされて笑われた。それでも、やめることだけは絶対、したくなかった。

「全然相手にされてないってホントなの〜?」と天童さんが首を傾げている。残念ながら本当です。そう答えると「可哀想にねぇ」とケラケラ笑われた。楽しんでいるらしい。

「でも、諦めないって決めてますので!」
「んん〜っ工はカッコイイね〜!アオハルだね〜!」

よしよしと頭を撫で続けて上機嫌な天童さん。一体何の用だろう。まさかこれだけを言いに来た?
「実はネ」とポケットに手を入れた天童さんが「俺が先輩から譲り受けたモノを工にあげようと思ってさ」と拳を差し出してくる。
上の代から譲り受ける物って何だ、と少し緊張しながら恐る恐る手を出す。てのひらの上に転がった、四隅が折れてくたついたそれは、それは、紛れもなく。


「て、天童さん、これ!」
「俺は三年間をバレーに費やしたから出番はなかったんだけど、男たるもの、何時いかなる時も準備を怠ってはならぬ≠チて先輩がよく言ってたよ〜」

がんばってね〜と言い残して部屋から出て行く天童さんに文句の一つも言えなかった。
部屋の外で「はあ!?アレを工にやったって!?」と瀬見さんの声がする。「もしもの時にと思って」と天童さんが笑うのが聞こえた。ソレを机に投げつけてやった。
本当に、万が一にももしもの時≠ェ訪れたとして、その時は間違いなくあなたの顔がチラついて集中なんてできないでしょうね!!


机の上の課題は全く進んでいなくてげんなりする。
しんどいけど土日を使って終わらせよう。練習を終えて夕飯も入浴も済ませてから、どうにかしてでも。今日はもうどうしたってダメだ。やめだやめ。勉強道具を鞄にしまいながら、ポケット部分に入れてある生徒手帳に目を止めた。

──『追っかけたら逃げちゃうんだ?まるでウサギちゃんだね?』

あの日、俺の手元を覗き込む天童さんの言葉がずっと耳に残っている。


手帳を手に取って、一番後ろの部分から折りたたまれた紙を抜き出した。元旦に男子バレー部で引きに行ってからずっと大事にしまってあったそれをゆっくりと開く。
真っ先に目を向けてしまう神様からのお告げは、あの日から変わらずに俺を鼓舞し続けてくれている。

学校で出会えたときはこれはもう、運命だと本気で思った。
それと同時に、簡単には手に入らない人なんだろうなとも。
俺がしくじれば、手を抜けば、するりと掻い潜って逃げてしまうような人。

それならどこまでだって追いかけてやる。
あの人がもうダメだ、降参だって白旗を上げるまで。
気持ちは余すことなく伝えて。掴んだ手は、離さないように。




──キスをしてしまってから。
いや、正確に言うと少し違う。キスをしても全く気にしていない素振りで歩いていってしまうその背中を、逃したくない≠ニ思ったから。


「離して」


今までずっと、ずっと、この言葉を胸に過ごしてきた。

俺の手を引き剥がそうとするその小さな手もぎゅうっと捕まえてしまえば、名字さんが動揺したのがわかった。

「いや、ねえちょっと」
「離しません」
「いやいや」

「逃がさないって決めてます」


この人を逃がすな≠チて、あの日、神様が言ったんだ。


end

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