──え?名字さんてもしかして俺のこと好きになっちゃった?

一緒に帰ったから?奢ったから?別に誰にだってするよ俺。名字さんにだけじゃないし。

「名字?」

しかもあの台詞何?ポエム?名字さんてそういう感じなの??アレはちょっと引くわー。


「おーい、名字チャン?そんな意識飛ばしてたら昼休み終わんよ?」


目の前で手を振られてハッとした私に、黒尾が「大丈夫か?」と困り顔だ。
その前の席に移動してきてた夜久も同じような顔をしていて、サンドイッチを持ったままぼんやりとしてしまっていたのだと気がついた。

「ごめん。どっか行ってた」
「ハイおかえりー。寝不足か?今日だっけか追試」
「そう。90点以上取らないと後日追追試だからね」

まあそれが寝不足の原因ではないんですがね……なんて思いながらくあ、と欠伸を一つ。

「ちゃんと食わねーと頭働かねえよ。肉を食えよホラ!」
「大丈夫。ありがとう」
「やっくんはホントよく食うよね……」

ああもう駄目だ駄目だ。油断したらすぐにネガティブモードが発動してしまう。
しっかり食べないから悪い方に考えちゃうのかも!とサンドイッチにかぶりつけば「ワイルド」「かっけえ……」と二人がざわついた。

「黒尾!三上センセがお前だけ課題出してねーって!」

扉の所から大きな声で名前を呼ばれた本人はゲッと顔をしかめている。

「あーやべ、今日だっけ。すっかり忘れてた。プリント家だわ」
「職員室にて待つ!だってよ」
「……はぁ。正直に叱られてきますわ」
「まぁ仕方ねえよ。がんばれよー」


片手を上げて黒尾が見えなくなるまで見送った夜久は椅子を寄せて「……で?」と私に向き直った。


「全然元気ない理由、話してみる気は?」

「や、夜久……っ」
「なんだよその顔」
「聞いてくれるってこと?」
「昨日言ったじゃん。忘れた?」

……そんなの忘れるはずない。ふるふる首を振れば私の机に頬杖をついた。聞く体制に入ったらしい。
ドキドキしながら小さな声で「危うく気持ちがバレそうになった」と伝えると夜久がすかさず口を開いた。

「何か問題あんの?」
「大アリだよ!……しかも小っ恥ずかしい台詞だったんだよ。大澤くん笑ってたけど心の中ではドン引きだったよ」
「大澤がそう言ったのか?」
「いや想像でしかないけど」
「じゃあ悩むだけ無駄だろ」

そ、そうかもしれないけど!?
真面目な顔でそう言われたら「うん、そうかも……」とか思っちゃったけど、悩むだけ無駄の一言で片付けられちゃ私のこの寝不足が何の価値のないものになってしまう。それはあまりにも不憫だ。私が。

「お前はドン引きされたと思ってるだけで、本当は喜んでるかもしれねえよ?実はすげー照れてたりとか」
「そ、そんなのありえないよ!」
「何で言い切れるんだよ。大澤が言ったか?」
「いや言ってないけどね!?」

困る私に夜久が続けた。

「どうせならもっと前向きに考えてみればいいじゃん。彼女だっていないんだし。好きな奴がいるってわけでもなさそうだし」
「……そうなの?」
「まあよくは知らねえけど」
「適当か」
「けどいるって確信は持ってないし、そこをモヤモヤ考えたところで答えなんて出ねーじゃん」

そう言う夜久は真剣そのもので、素直に頷けばふ、と表情を和らげた。


「そんなことより大事なのは、一緒にいられる最後のチャンスをどう過ごすかだろ」


そうだ、夜久の言う通りだ。
考えたってどうしようもないことでいつまでも、クヨクヨと。今日しかないこの時間が勿体ないじゃないか。

「……ありがとう。ホントそうだよね」
「そーだよ。せっかくこっ恥ずかしい台詞を笑ってくれたんだからそれでいいじゃん。お前が気まずくしてどうすんの」
「ごもっともです」

夜久は「わかればいいんだ」とお弁当を食べる手を再び動かし始めて、口いっぱいにご飯を頬張っている。
それがいつぞやのリスに瓜二つで、男の子特有の食べ方なのかな?なんて口元が緩んだ。

「夜久は優しいね」

ぽろりとこぼれた言葉に夜久はピクリと動きを止め、どこか困ったように笑った。

「何だよ今さらかよ」
「ううん。夜久はいつも優しいよ。私、夜久が友だちで本当によかったなぁ」

へへへと笑うと、一瞬何か言いたそうにした夜久は一度口を閉ざしてから「……大袈裟だって」と私の頭をくしゃりと撫でた。

「なに、子ども扱い?」
「ちげーよ。応援してやってんだろ」
「ママ……ッ!うわ、ちょっと!わっ!ぐしゃぐしゃんなるじゃんやめて!?」
「フンッ。ぐしゃぐしゃにしてんだよ」

満足気な夜久を見てたら散々モヤモヤしていたのが嘘みたいにすーっとなくなっていて。


「大澤?どしたん?」

「……いや、何でも」


夜久に話を聞いてもらえなかったらいつまでもウジウジしていたと思う。
課題を出し忘れた黒尾にも感謝を込めて心の中で手を合わせた。
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