「ハイ今日はここまでな。明日は同じ時間に追試だから遅れんなよー」

辺りがオレンジに色づいた頃、竹田先生がやっとそう言ったので私たちは崩れるように机に突っ伏した。

プリントの枚数もそうだけど、一枚辺りの問題数よ。
同じような問いを何度も何度も繰り返し解いてりゃもう条件反射みたいに解けるようになる!と先生は言った。あながち間違いじゃない気がする。

暗くなる前に気をつけて帰れよー、と手を振る先生に挨拶を返して荷物を片付けていると隣から遠慮のない視線を感じた。

「ほっぺた、もう大丈夫そ?」
「……口が笑ってますケド 」
「ふはっ、ごめんごめん。あれは確かに俺もタイミング悪かったけどさ、名字さんのちょっと鈍い感じと相まった結果じゃん??」
「もーっ!馬鹿にして!」

今日何度目かわからない顔面レシーブイジリが大澤くんは心底楽しいようで、時間を置いて私をからかっては飽きずに笑っている。
私も何だかんだ言いつつこんな扱いをしてくれるお陰で気が楽だった。
自分に見とれたせいで怪我した、なんてこれっぽっちも思っていなさそうな大澤くんにはとても救われている。

「ねー今日も帰りコンビニ寄っていい?」
「えっ」
「えっ。ダメ?」
「……よ、良かろう」
「良かろう」

用なんて何もない。あるわけない。
ゲラゲラと笑う大澤くんが私との帰り道を当たり前に考えてくれているのが嬉しくて、こそばゆかった。



「だからいいってば!悪いよ!」
「まあまあそう言わずに。受け取り願いたもうぞ!」
「…………か、かたじけない」
「ふははっ。ハイどーぞ」

肉まんを手渡されありがとうと伝えると、大澤くんは満足気に自分のにかぶりついた。

(……不思議)

好きだなって思った途端隣にいるだけですごく緊張しちゃうし、肉まんを食べてる姿がどう見られるのかまで気になって全然落ち着かない。
恋をするってこんな感じか〜なんて、初めてでもないくせにこんなことを思う自分がちょっとおかしかった。

あっという間に一つを平らげた大澤くんはもう一つに手を伸ばすのかと思ったら、コンビニに貼られたポスターをじーっと見ている。

「あ、それ知ってる。少女漫画の実写化のでしょ?」
「そーそー。俺も前に読んだけど面白いよね」
「えっ意外。大澤くんもこういうの好きなんだ」

驚いた私に彼は「姉ちゃんの影響でね」と頬を掻いた。

「恋愛ものってけっこー好きでさ。女の子ってこんなことでキュンキュンすんだーとか、こういうヤツがモテんのかーとか案外勉強になるんだよね。言うならば参考資料」
「参考資料」
「ちなみに実践の経験はまだありません」
「……ホントにー?」
「えーっ、何その顔。実際漫画の中の男みたいにキザなセリフ言われても女の子は引いちゃうっしょ?」
「んんーどうだろう。試しに何か言ってみて?」

(…………はっ)

……言ってしまってから後悔した。
こんなの、口説いてほしいって言ってるようなもんだ。
大澤くんはというと顎に手を添えてしばらく考える素振りを見せたものの、頭を抱えて項垂れてしまった。

「……っごめんひとっつも浮かばない!こういう時に気の利いた言葉の一つも言えないなんて……!」
「ごめん、なんかごめん!」
「何か一つくらい……あー……に、肉まんみたいで可愛いネ!?」
「キザですらない!寧ろ侮辱!」
「くふ、ごめ……っ、ふはっ」

自分の言葉がじわじわとキタらしくお腹抱えて笑い出した。
……大澤くんて結構笑いのストライクゾーンが広いんだなぁ。
ヒーヒー笑う大澤くんを見ていたら、肉まんって何だよ!って頬をふくらませていた私もつられて笑っていて。


──ああ、大澤くんてすごいなぁ。

こういうところ、好きだなぁ。

一緒にいるだけで楽しくなっちゃうんだもんなぁ。


「…………その笑顔以上に私を笑顔にしてくれるものなんてないんだろうなぁ、きっと」



こんなこと思っちゃう自分もなかなかクサいなー、なんて一人で笑ってたら大澤くんが目を丸くしてこちらを見ていてカチリと硬直した。

その視線は?何の?え、なに?何か!?


「……ふはっ、びっくりした」
「な、なに?」
「それ、この漫画の台詞だったっけ」
「…………そー、そ、そう!あはは!ホント実際に言ってみたらなかなかポエミーだね!?ドン引き確実!実践アブナイ!」

穴があるのならばもう頭からすっぽりと入ってしまいたい。
思ってることをぽろっと口にしちゃうだなんて危険にも程がある。
なかなかチャレンジャーなんだね、とニヤニヤされるのに耐えられなくてバッと立ち上がった。

「そ、そろそろ暗くなってきちゃったね?追試に備えて早く帰らないと!」
「そーだね。送るよ、ちょっと待って」
「だいじょーぶ!大澤くんそろそろバスの時間でしょ?今日は大丈夫!また……っまた明日!」

今日もごちそうさまでした!と頭を下げ、逃げるように自転車を漕いだ。
後ろから私の名を呼ぶ声がしたけど絶対に足を止めてなるもんか。
……こんな顔で大澤くんの隣にいたらあなたの事が好きですって言ってるようなものだもん。

熱くなった頬に向かい風を受けてひたすらペダルを漕いだ。
どうか私のこの気持ちが大澤くんに気づかれていませんように。



「……っぶねー……」



気づかれていませんように。
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