「あらあらあら、モロに当たっちゃったのねえ」

先生が絞ってくれた濡れタオルを頬に当てて私は苦笑するしかなかった。
口の中も切れてないし、頭も痛くないならしばらく様子を見てみましょうか。と言うと先生は保健室を後にした。
ちょうどこれから外出する予定があったようだ。

丸椅子を窓際に運んで腰掛けると風が優しく抜けていく。
気持ちがいいなあ、とかいい天気だなあとか適当なことを一通り考えてみてからたまらなくなって顔を伏せた。


「見られてしまった……大澤くんに」

バッチリと。多分逃すことなく。
勉強もできない上に運動音痴だとまで思われるのは事実だけどさすがに恥ずかしい。
今日の放課後もまた顔を合わせるっていうのに、それまでにこの腫れが治まるといいんだけど。

…………実際のところ。大澤くんのことを考えるとあの控えめなピースと笑った顔がビタッとくっついたように頭から離れなくて、痛む頬なんてもうこの際どうでもよかった。

何なのあの、落としにきてる感じ。ずるい。
昨日やっと話すようになったばっかりの相手なのに、あれだけでストンと落ちちゃう単純な自分が……悔しい。


ふと、足音が聞こえてきた気がして顔を上げた。

授業中にどうしたのかなーなんて思ってるうちにソレはこの部屋の前で止まって。
コンコンコン、とノックの音がした途端に心臓が早鐘のように鳴り始めた。

もし、この向こうの人があの人だったら。
わざわざ私を心配してやってきてくれたのだとしたら。

開いたドアから明るい茶髪が覗いて、膨らんだ思いがみるみるうちに萎んでいった。


「…………なんだ夜久か」
「何だよあからさまにガッカリして」

肩を落とした私へジトリと嫌な顔をしつつ、「先生いないんだな」と中に入ってきた夜久は私の前までやってきたかと思えばただただ見下ろされる。

「どうしたの?突き指でもした?」
「まあそんなとこ。……見せて、そこ」
「えっ、なんともないよ全然。ホント」
「いーから」

普段よりもどことなく低い声に珍しく機嫌が悪いのかとヒヤヒヤしつつ。
頬に当てていたタオルを離して言われた通りにすれば指先で控えめに撫でられた。

「少し腫れてんな。痛む?」
「まあ多少はね。けどこのまま冷やしてたら大丈夫な気がする。治す」
「なんだそれ。言い聞かせてんの?」

(……やっぱりいつもの夜久だ)

小さく笑った夜久は私の手からタオルを取って、流水で冷やし直してくれようとしているみたいだった。
ぼうっとその姿を眺めていると背中越しに夜久が言う。

「ゲーム中によそ見なんかしてっからだよ」
「え?あー、っと……もしかして見てたり、する?」
「うん。全部」
「ぜ、全部とは……?」

きゅっ、と蛇口を閉めた夜久が静かに振り向いた。


「アイツのこと好きになった?」


ちっとも目がそらせなかった。

夜久の目に見つめられて、見透かされてるような気がして誤魔化すことさえもできなかった。


「……うん」

聞こえるかわからないような声を添えて静かに頷いた。
アイツ、がお互いに同じ人を浮かべているのは口にしなくても十分に伝わってきて、それが余計に恥ずかしくて顔がじわりと熱を持つ。

しばらく何も言わなかった夜久はタオルをキツく絞ると私の頬に優しく添えた。
「やっぱり」と呟いた夜久の顔もやっぱり、優しくて。

「なんかそうなる気がしたんだよなー。……アイツ本当にいい奴だし、名字が惚れるのもわからなくない」
「……昨日初めて話したばっかで好きとかおかしいかなって思ってたとこだよ」
「おかしいことなんかあるかよ。世の中には一目惚れってもんもあるくらいだし」
「あー、そっか。確かにそうだね」
「…………なあ」

近くにあった丸椅子を寄せて、私の目をじっと見つめたまま夜久が言った。

「話くらいなら聞いてやってもいいよ」
「ええ?」
「俺の方がアイツと付き合い長いし、お前のこともそれなりに知ってるつもりだし。相談相手くらいなら申し分ないんじゃねえ?」

本当に?と思ったのがもろに顔に出たらしく、夜久がニッと笑みを深めた。

「なんか私、夜久にお世話になってばっかだなぁ」
「なんだよ今さら。……友だちじゃん」
「友だちというか第二のオカンというか……」
「オカンは嬉しかねーよ」

授業終了を告げる鐘が鳴って、しばらく黙って聞いていた夜久はゆっくりと腰を上げた。

「ま、そーいうわけで俺はもう戻るけど、お前はもうちょっと冷やしてから来いよ」
「はーい。ありがとうママ」

だから嬉しかねーって!、と笑った夜久はヒラヒラと手を振って保健室を出て行った。
そう言えば突き指は大丈夫だったのかな、なんてぼんやりと思いながら少しだけ痛みの引いた頬をさすった。
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