「名字、おはよ」

教室に入るところで聞き慣れた声がして振り向くと、朝から気持ちのいい笑顔の夜久がいた。

「おはよー。朝練?」
「そ!チョー腹減った!」
「朝ご飯食べてこなかったの?」
「名字チャーン、朝飯食べたところで育ち盛りの男子高校生の腹がもつはずがないでしょうよー」

夜久の後ろから現れたのは黒尾でその手にはコンビニ袋が下げてある。
へえ、男子は一限目の前にもう何かしら食べるものなのか。昨日のリスみたいな大澤くんが過ぎって笑えてきた。

「うわっ、マジかー」

夜久が鞄の中を覗きながら明らかに落胆した声を発したのでどうしたのか問いかけると、「おにぎり家に忘れた」と肩を落とした。

「やらかしたねやっくん。俺のやろうか?」
「いや、今から購買行けば……」
「もうちょっとで先生来るよ?」
「だよなあ」
「あ、ちょっと待って」

一旦鞄を自分の机に置いてから巾着を取り出して、夜久のところに持っていけば驚いた顔をされた。

「私のおにぎりでよければどうぞ」
「えっ、いいの?でも名字はどうすんの?」
「どうって……どうせお腹すくの三四限目辺りからだし。それから購買行けばいいし。どーぞ」
「いやでもなんか……悪いだろ」
「どっちかって言ったら夜久の絶望顔の方がしんどいよ。なんかいつもイロイロ貰ってばっかだし、お礼も兼ねて。ね?」

いつまでも申し訳なさそうな夜久だったけど空腹には抗えないらしくちゃんと受け取ってくれた。
早く食べちゃえばいいのに、巾着を持ったまま開けようともしないからもう一度どうしたの?と聞いてみたら珍しくゴニョゴニョと言った。

「あのさ、これ……手作り?」
「うんお母さんのね」
「あー……だよな、はは。ありがと!イタダキマス!」

もしかしたら知らない人の手作りは食べられない派なのかと心配になったけど、自分の席についた夜久が早速銀紙を剥がしているのを見てホッとした。

「そういや昨日の補習はどうだったよ?」
「んーどうにかなったよ。大澤くんのおかげで」
「そりゃよかった。アイツいい奴だったろ」
「すごくね。帰りも送ってもらったり奢ってもらったり、ホントお世話に」
「っ、ごふ!っげほ!ごほ!」

私たちと少し離れたところに座ってる夜久が盛大にむせた。

「えっ夜久!?ちょっと大丈夫!?飲み物!」
「ぶひゃひゃ!夜っ久んチョーウケんだけどっ!!」

がっつきすぎだよ!おにぎりは逃げないよ!と背中をさすれば赤くなった顔で小さく「悪い」と言った。



体育はいつも隣のクラスと合同だ。
何をするにも男女で分かれてするのだけど、今日は男女ともバレーで体育館集合なもんだからみんな浮き足立っていた。
どうやらお目当ての男子がいるらしい。男子も遠慮なく向けられる視線に少なからずソワソワしているようだった。

(……あ、大澤くんいた)

友だちと楽しそうに話してる。やっぱり笑ってる。
誰とでもああなんだろうなーと考えてたらバチッと目が合って反射的に顔を逸らしてしまった。
……感じ悪かったかな。

女子はクラスを二分割して二クラス分、計四チームで行われることになった。
男子もゲームをするみたいでちょうど大澤くんがコートに入るところだった。

運動得意なのかな。部活には入っているのかな。
背が高いし器用に何でもこなせそうな気がするな……なんて考えてたところで背中をパンッと叩かれた。

「名字さん!始まるよ!」
「う、うん!」

私たちのチームには運動部が三人も居てとてもありがたいと思っていたら敵チームにもバレー部やらバスケ部やらが固まっていて、お互いに余計に熱くなってしまっている。

「名字さん!」
「あわっ!ははいっ!わっ!」

(人選ミスだ絶対……ッ!)

さすが運動部たち。不安定に上がったボールも繋げてどんどんラリーが続いていく。
まわりの応援も盛り上がってきて自分のテンションもぐんぐん上がって楽しくなってきた。


「大澤ナイスキーッ!」

「あざーっす!!」


突然耳に入ってきた声はやけにクリアに聞こえて。
友だちにもみくちゃにされて笑ってる大澤くんがお日様に照らされたみたいにキラキラしていて、そわそわする。

私の視線に気がついた大澤くんはニッと笑って、私にだけ見えるように小さくピースをしてみせた。



「名字さん危ないっ!」

その途端に受けた衝撃は心理的なものなのか、はたまた物理的なものだったのか。
テン、テンとバレーボールが転がる中。
ジンジンと痛む頬を押さえながらも高鳴る鼓動を、私は静かに聞いていた。
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