傾いたお日様を眺めながらそろそろかな、と腰を上げる。
階段を下りる足は軽やかで私の心そのものみたいだ。ずり落ちる鞄の持ち手を肩に掛け直しながら、彼を思う。

どんな反応をしてくれるだろう。
驚くかな。喜んでくれるかな。彼のことだからこんな時間まで待つことない、と私に小言を言うかもしれない。
もしくは、言ってくれればもっと早く片付けたのに、とか。
ふふ、言うかなそんなこと。

ローファーの先でトントンと床を叩いて正面玄関へと足を運ぶ。
正門に寄りかかり、他の生徒がたくさん通り過ぎていくのを見送った。
時々クラスメイトが「出待ち?」と声をかけてくるのを「まあね」と返しながら、ドキドキとソワソワをゆっくり何度も循環させる。
見えてきた集団に胸の辺りが熱くなった。

「ああっ!夜久さんの!」

聞き慣れた賑やかな声が耳に届いて、その中の一人が彼の名前を叫んだ。

「夜久さん!夜久さんの!夜久さんの!!」
「何だよ。俺のな、に」

大声で後ろを呼ぶ部員のその先からよく知ってる三人組、の中の一人が目を丸くした。
何で。声は聞こえなかったけど口の形がそう言った気がする。
駆け寄ってきてくれた彼の顔には驚きの色が浮かんでいて、どうもニヤニヤしてしまう私の目の前で足を止めた。

「お疲れ様」
「……待っててくれたの?」
「ふふふ、当たり」

パチクリ、何度か瞬かせて夜久は視線を落としてしまった。
あれ。黙っちゃってどうしたんだろう。

「いいなぁ夜久さん、可愛い彼女さんが待っててくれて。練習試合も見に来てくれるし、応援までしてくれるし」

真っ赤な顔を隠しながら、その節はすみませんでしたと頭を下げたら、背の高い後輩くんがニコニコしながら続けた。

「夜久さんあれからずっと幸せーって感じで、スマホ見る度嬉しそうで、前よりちょーっとだけ優しいんですよ!彼女さんが彼女になってくれたおかげです!ありがとうございます!」
「リエーフお前ほんっと!」

夜久が照れ隠しなのか後輩くんを窘めている。
そっか、夜久、傍から見ても幸せそうなんだ。メッセージのやりとりに浮かれてるのも私だけじゃないんだ。そっか。

夜久はいつも優しいでしょ?って笑ったら、どうしてか後輩くんはきょとんと首を傾げてしまった。


「いつも……優しい……だれ……?」
「あれ違う?」
「名字チャン、君のやっくんはうちでは鬼先輩と呼ばれておりましてですね」
「言われてねえよ!」

鬼先輩な夜久はあまり想像ができないけど、私に見せるのとは違う男の子って感じの素振りにソワソワっと心がくすぐられているみたいだった。
きっと私の知らない夜久もたくさんいるんだろうな。
でもどの夜久も、私の事を好きでいてくれてるんだろうな。
それなら幸せだなぁ。


私、本っっ当に、愛されてるんだなぁ。


やり取りを微笑ましく眺めていただけなのに、後輩くんも黒尾も、夜久も。会話に混ざっていなかった他の部員の方々も私を見ていた。
あれ、なに?どうかした?


「お前さぁ、ほんと、もぉ……」
「え、ごめんなに?」

夜久は両手で顔を覆うなりしゃがみこんでしまった。
何か余計なことを言ってしまっただろうか。ていうか私何か言った?
別の後輩が「夜久さんがああやって言うのもわかるぜ」と呟くのが聞こえた。

ああやってって?
ほら、こないだ森然とやったときのやつ。
ああアレ。

ヒソヒソとなんの話をしているんだろう?
さっきリエーフと呼ばれていた後輩くんが声をかけてくれた。

「あれから彼女さんの噂が広まってて、練習試合とかある度にいろんな学校の人にからかわれてるんですよ。今日は応援しに来ないのかーって。そしたら夜久さんが、いだいっ!痛いですよぉ!」

お尻を蹴られている後輩くんの後ろからぬっ、と出てきたトサカ頭が私にそっと耳打ちした。


「あんな可愛いの、お前らにはもったいないから絶対見せてやんない、だってさ」


そうだよ、ほんっとうに愛されてんの。



「も、行くぞっ」

私の手首をかっさらい、先を歩く夜久の耳が燃えている。
それは多分私も同じで。胸がぎゅーっとして、たまらなくて。
笑った顔が一番好き。一番。でも、こうやってちょっと余裕のない夜久も、好き。夜久が、好き。

部員の方々に頭を下げ、そのまま引かれていくその途中で、「彼女さんも夜久さんのこと、大好きですよねー!」と聞こえてきたのは後輩くんからの悪ノリ。

立ち止まって、あいつはまた!と睨む夜久の顔を見て。
手首を掴む手から抜け出して、今度は私のてのひらの中のそれを高く掲げてみせた。


「大好き!」

「おっ、まえ、は」


きゃーっと数人分の全然可愛くない歓声を笑った。
すっかり俯いてしまった夜久の顔を覗き込むと、どこかムッとしている。

「怒った?」
「ってない」
「だいすきだよ」
「……っと」
「うん?」

「……もっと言って」

私にだけ聞こえるくらいの、小さな声で。
歩き始めても繋がったままのそこに、きゅうっと優しく力が込められたのを知っている愛され者は、私だけ。


end.
2022.3.10
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