彼女の走り去る背中を見て気づけばそんなことを零していた。
ずっと腕時計を気にしていることは、待ち合わせのときから気づいていた。
遅れてしまった自分のことを考えているのかと自惚れたのは一瞬で、違う奴のことを思っているんだと悟った。
多分君は気づいてないんだろうけど、あの日保健室ですぐ側のベッドで君の気持ちを聞いていた。
日曜日にあいつのところへ行くと知って居ても立ってもいられなくて。だから君を誘ったんだよ。
みんなの前で誘われたらきっと断れなくなる、その性格を利用したんだよ。
明るくて面白い子だなと思った。
ひょんなことから仲良くなるとか漫画かよと思いつつも、彼女の言葉を借りるならそれこそ知り合う運命だったんだろうかと柄にもなく思った。
素直で嘘がつけなくて、俺に対してそういう気持ちを抱いてくれてるっていうのは割とすぐに気がついた。
頭ん中の声がポロッと出ちゃうところなんて、最高に可愛いと思ったし、そのまま真っ赤な顔を隠しながら逃げるようにペダルを漕ぐ後ろ姿には正直やられたと思った。
必死な顔で俺を呼び止めて、ありがとう、お礼はまた今度するからと耳まで赤くして笑う姿には心を満たされた。
微熱のときのような火照ってフワフワした感覚がどこか落ち着かなくて、心地良くて。
そんな感情にさせてくれる女の子の気持ちが自分じゃない奴へ向き始めてることを知って、居ても立ってもいられなかった。
『夜っ久んはもっとグイグイいった方がいーんじゃない?このままじゃあのニブチンは絶対気づかないよ?』
『お前ホンットうるさいな』
いつだか、補習が始まって間もない頃だったか廊下で黒尾と夜久が話しているのを聞いたことがある。
『今はこのままでいいかもしんないけどさぁ、のんびりしてるうちにアイツに好きな人でもできたらどうすんの。万が一彼氏ができたりでもしたら』
『……まあ、その相手が俺だったらとは思う。けど』
『けど?』
『もしそうじゃないんなら、俺のことで困らせたりすんのだけは絶対嫌だ。ああやって幸せそうに笑っててくれんならそれでいいよ』
そのとき見せた夜久のひどく穏やかな眼差しが別の日、名字さんへと向けられているのに気がついてただ、敵わないと思った。
……もしも本当に俺が良い奴≠セったとしたなら、こんな日に君を誘ったりなんかしない。
夜久みたいに「日曜は暇だったろ」なんて背中を押したりはしない。
またこっちを見てくれて、あわよくば自分の沼にハマって二度と抜け出せなくなればいい、なんて思わない。
その小さな体を腕の中に閉じ込めて、愛の言葉を囁いて、力づくでも手に入れてしまえたら。なんて、思ったりしない。
喉元まで出かかった「好き」を飲み込んで、その背中を押した。
きっと俺がこれ以上何をがんばったって、名字さんの気持ちがまたこっちを向くことはないんだろうね。
……それなら。
「行っといで。ちゃんと気持ち言うんだよ」
あの日の君が惹かれてくれていた笑顔で。
君が思う、良い奴≠ナいるよ。
end