「おす。早いじゃん」

連日の私の苦悩なんて知らずに夜久が片手を挙げている。
私がいかにあのワードに惑わされていたのか、夜久の涼しい顔にまざまざと思い知らされた気がする。

「夜久も早いね。待たせちゃった?」
「いや俺も今来たとこ。さっそく行く?」
「うん。今日はよろしくお願いしゃす夜久ママ!」
「ママじゃねーっつの!」

太陽光に照らされる夜久の髪が、くしゃっと笑うその顔がやけに綺麗に見える昼下がり。
どこか落ち着かないこのソワソワした気持ちはいつもよりも近く感じるこの距離のせいなのか、それとも未だに黒尾の言葉が頭から離れないせいなんだろうか。


駅から少し歩いたところにある小さなお菓子屋さんには多くの種類の焼き菓子が所狭しと並んでいて目移りしないなんて無理だった。
動物の形のクッキーやカラフルなチョコレート、フィナンシェ、ドーナツ……ショーケースにはケーキまで。

「全部美味しそうだねえ」

後ろを歩いているはずの夜久に声をかけたのだけど返事がない。
振り向けばバレーボールの形をしたアイシングクッキーを手にわなわなと震えていた。

「わ、可愛いねそれ」
「……モルテン」
「え、なに?」
「思うんだけどお菓子屋さんの人って多分、神なんじゃねえのかな」
「何言っちゃってんのかな?大丈夫かな??」

夜久のいる売り場には可愛い字で『部活動コーナー』と書かれたポップが貼られていて、他にもサッカーボールやバスケットボール、バドミントンのラケットなんかのもあって部活をやってる人からすれば堪らないんだろう。
唯一残念な点を挙げるとすれば大澤くんが帰宅部だということだ。

(……可愛いのになぁ)

実際大澤くんは何をあげたって笑ってくれるような気がするから、それなら尚更嬉しいと思ってもらえるようなものを渡したい。
あ、こんなチョコレートなんてどうだろう。確かこの間渡したのもこんな感じの──。


『ちゃんとしたお礼は別のときするから!』

待って?「確かに私はあの時甘い物を渡してそう言ったけど、その『お礼』にまたしても同じようなものをプレゼントするのってどうなの?
改めて補習のときはお世話になりましたって?またお菓子を?……それってもしかしなくともしつこくて重くて、うざいと思わちゃったりしないんだろうか?

「……あー、名字?」

待って待って。そもそもせっかくわざわざ夜久に付き合ってもらってるのに今更こんな事思って、やっぱりやめるなんてさすがに言いづらくない?
貴重な午後のオフが無駄になっちゃうし、生野菜は持ってくるし、夜久に嫌われたら私多分もうやってけないよ??


……夜久」

なに、と返す夜久の声が少し震えているのがちょっと気になったけど。


「…………トイレ、行ってきていいですか」

夜久は何故かぶふっと盛大に吹き出した。




夜久の待つ広場に向かったのは二十分程経った頃だ。
ベンチに座ってスマホを弄っていた夜久は私に気がつくなり隣に座るよう促した。

「落ち着いたか?」
「んんっ、まあ、おかげさまで!?」

私の鞄の中でカサリと揺れるソレを思ってドキドキしてるのなんて夢にも思っていないだろう夜久は、脇に置いてあったお茶を手渡してくれた。

「お前用。ほら」
「え、ありがとう。待ってお金」
「いいよこれくらい。これからどーする?」

自分のお茶をゴクゴクと喉に流すその姿を眺めながら、さっきまでの二十分を思い返し覚悟を決めた。

「夜久。その事なんですが、折り入ってお話したいことがありまして」
「なに?そんな改まって」

口を拭う夜久の真っ直ぐな視線から逃げたくなるのをぐっと堪え、鞄に忍ばせていたソレに手を伸ばした。

「やっぱりお菓子渡すのやめようと思って!初めの予定は私が奢ってあげたいって軽いものだったのに、畏まってプレゼントなんかしたらなんか……重いし、気持ちがダダ漏れみたいで恥ずかしいし!夜久には忙しい中付き合ってもらってるのにものすごく申し訳ないんだけど、やっぱり……」

黙って私の話に耳を傾けていた夜久の手元に小さな袋を乗せ、改めて向けられる真剣な眼差しにドキリとしながらも続けた。

「……ごめん、今更。せっかく応援してくれてるのにグズグズで、ごめん。それでこれ、よかったら」

流れる沈黙が気まずくて逃げるように視線を落とした。
それと同時に聞こえた、全く予想もしていないクツクツと笑う声に拍子抜けした。

「こんなお詫びの品みたいなの貰わなくたって嫌いになったりしねーよ。わざわざラッピングまでして」
「だ、だって!改めて考えたら私いっつも夜久からお菓子とか貰ってばっかりなのに何も返せてないし、私ばっかり嬉しくて……終いには生野菜は持ってくるし」
「あーあれうちの親すげー喜んでた」
「ホント?聞いたらあれ田舎の親戚が、ってそうじゃない……あーもう私は親御さんじゃなくて夜久を喜ばせたかったのに!下手か!」

袋の紐をしゅるりとほどいて夜久が中を覗いている。
そのうちの一つを手に取ると驚いた顔で呟いた。

「これ、さっきの」

それは夜久がさっきのお店で食い入るように見ていたバレーボールのクッキーだ。
あんまりじっと見つめるもんだから恐る恐る「……どう?」と問いかけると小さく吹き出された。

「どうって……ははっ」
「何で笑うの」
「悪い悪い、嬉しい嬉しい」
「あっなんか適当に言ってる!」
「そんなわけねーじゃんチョー嬉しい。チョー」
「程があるぞっ!」
「ホントだよ、すげー嬉しい。サンキュ」

口を膨らませる私を明るく笑い飛ばした夜久の手が頭に添えられてくしゃりと撫でられた。

「せっかく来たわけだしここからは俺に付き合ってくんない?あっちの通りに美味いホットドッグがあんだよ、行こ!」
「何それ食べたい!行く!」
「じゃあ決まりな!」

夜久の背中を追いながら大澤くんのことを思い浮かべる。
この間叶わなかった事を……勇気を出して一緒に寄り道しようって誘ってみよう。それでまた何でもない話をして、今度は私が奢ったホットドッグを並んで食べるなんてどうだろう。
ねえ、と声をかけるよりも先に夜久が「なあ」とこぼした。


「さっきお前、俺を喜ばせたいみたいなこと言ってたけどさー」
「うん?」

「そー思うんなら笑ってて。それだけでいい」



『──その笑顔以上に』

『──私を笑顔にしてくれるものなんて』



「……あはは、何それ。クサイこと言うなあ」


耳のすぐ側でドクドクと脈の音が響いている。

その台詞ってさ、だなんてそんなこと、きっと知りもしないであろう夜久に冗談でも言える気がしなかった。
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