「…………何だよこれ」


翌日。朝練後のおにぎりを頬張る夜久は、私が差し出した袋を見て意味がわからないといった顔をしている。

「アドバイスのお礼です」
「なんでアドバイスのお礼が野菜なんだよ?」
「夜久って何が好きなのか全然わかんなくて、黒尾に聞いたら野菜炒めだって」
「……だからって……生野菜……」

冷蔵庫に入っていた人参やら玉ねぎやらを買い物袋に入れて持ってきてみたのだけど、やっぱり喜んではもらえなかったようだ。
何故黒尾の「だいじょーぶ。夜っ久んは喜ぶ」を信じてしまったのか。

「ごめん。ホントはお願いしたい事もあってお礼も兼ねて持ってきたんだけど……出直してくる」
「や、いい。貰う。せっかくだし」

そう言いつつも夜久は渋々、本当に渋々受け取ってくれて、それでもなかなか現実を受け入れられないらしく何度も中を覗いている。
このタイミングで言うのは少し気が引けるけど、夜久に「それで?」と促されこのまま本題に入ることにした。

「今度の休み、土日どっちでもいいんだけど……一緒に出かけてほしいなーって思って」
「……え」

控えめにチラリと見た夜久はさっきまでの険しい表情はどこへやら、ぽかんと開いた口から情けない声が発せられた。
目を丸くしてあちこちに視線を泳がせる夜久はゆっくりと言葉を探しているようにも見えた。

「待って、一緒にって……俺と?」
「うん。大澤くんて甘いのが好きみたいでさ。何か渡したいんだけど男の人の好みってよくわからなくて、選ぶの手伝ってもらえたらなーって。空いてる?」

真っ先に思い浮かんだのが夜久だったからよく考えもせず頼んじゃったけど、やっぱり迷惑だったろうか。

「あー……わかった。そういうことね」


力無く僅かに笑う姿を不安に思っていると深く息を吐いて私を見上げた。

「……いいよ。日曜なら昼からオフだし」
「ほんと?ほんとに?」
「ホント。店ってある程度調べてたりすんの?」
「ざっくり駅前がいいかなぁってくらいかな」
「わかった。じゃあ二時に駅前集合でいい?」
「……っうん!うん!良い!」

興奮しすぎ。と鼻で笑う夜久に感謝の言葉をこれでもかと伝え、足取り軽やかに自分の席に戻ろうと振り返った時。
いつの間にか後ろでやり取りを見ていたらしい黒尾と目が合った。
わざとらしく口元を覆ってそれぞれに視線を送ると、憎たらしいほどににんまりと口角を上げた。


「おやおや?お二人さんもしやデートの約束ですか??」


……黒尾は一体何を言ってるんだ?
答えられないでいる私とは裏腹に、頬杖をつく夜久が「そういうんじゃねえよ」と低い声で返していた。

「つーか黒尾お前、コイツに適当なこと言ってんなよ!まんまの野菜持ってこられたんだぞ!」
「えっ、マジで持ってきたの?ぶはっ、やべぇなおい……!」
「黒尾ほんとムカつく!!」





──『デートの約束ですか??』

勿論全然そんなつもりはこれっぽっちもなかったし、夜久だってそうじゃないってはっきり言い返してた。

それでも黒尾にかけられたその言葉は一種の呪いのようにいつまでも私に付きまとい、約束前夜にタンスの中身を広げて途方に暮れるという事態にまで発展させた。

「何故可愛めの服ばかりを広げているのか……」

考えすぎてシャットダウン寸前の脳には全然酸素が回っていなくてへなへなとベッドに倒れ込んだ。
明日はあくまで大澤くんへのプレゼント選びに付き合ってもらうってだけなのに。


『デートのやくそ』
「だから違うってばもーしつこいよ黒尾ッ!!」

ニヤニヤしてる寝癖男を思考から追い払ってやれば、ふとあの時違うと即答した夜久を思い出した。

こんなの夜久に知られたら笑われちゃう。
そう思えば辺りに放り出された洋服たちが途端に馬鹿らしく、あまりにも無意味なものに見えてきて。
夜久なら私がどんな格好だって友だちでいてくれる!とか適当なことを考えたら妙に信憑性があってちょっと笑えた。

「……そうだよ。友だちと出かけるってだけでなにソワソワしてるんだか」

掛けてある時計に目をやるともうすぐ日付けが変わるところだ。
時間を確認した途端重たくなる瞼を擦って、散々散らかした部屋を片付けるべくどうにか重たい腰を上げた。
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