一歩、歩み寄って

「あっちゃん私、孤爪くんの名前呼びの威力を舐めてたよ。聞いた?あんなん死人が出るよ??」
「出ないよ。ちゃんと手動かしな」
「しかもさ?あんなに可愛い顔してるのに手はちゃんと大きくて私のなんてすっぽりでさ……。貴重な体験をさせてくれた山田くんに感謝。まさに神だよ。ゴッド山田」
「ねえ、名前にとって孤爪はアイドルか何かなの?」
「……ああそっかあの人私の彼氏だよ!!わたしゃ幸せもんだよ!!」
「もういいほっとこ。はい最初はグー」



放課後。ゴミ出しジャンケンに一人負けして仕方なく階段に向かうと、ツンツン頭の上級生が同じようにゴミ箱を抱えて降りてくるところで、お互いに足を止めた。

「こんにちは黒尾先輩」
「おーっ名字チャン奇遇だネー。てかソレもう当たり前のように着ちゃってんのね」

私の腰元を指さして「見つかったら怒られるよ」と苦笑いされる。
そうかもしれないけど、とっても綺麗で良い香りのお花を前に嗅がないでね?って手渡されて嗅がない人なんていないでしょ?
好きな人からジャージ借りて、着ない人なんていないでしょ?
「まあもうそろそろ返却時間ですし、全力で堪能しないと!」と言えば黒尾先輩が吹き出した。「けどまあ」と言葉が続いた。

「着るなら着るでそのスカート、もちょっとおろしたほうがいいんじゃないの?」
「えっ、変ですか?」
「いやー変、っつーかさ」

黒尾先輩が「あー」と先を濁している。ひとつ咳払いをしてから「何も履いてねーみたいに見えるんだよソレ」と爆弾を投下した。

「……え……先輩それはちょっと……うわあ」
「いやドン引きしちゃってるけどさ!?その丈で元気いっぱい動かれちゃそりゃチラリズムもするだろうし、みんなが皆絶対見ないとも言いきれねーし」

俺は見てないけど、としっかり念を押してから「気をつけなさいね」とお父さんみたいなことを言われてしまった。
折ったスカートを下ろしながらふと思った。

「もしやこのジャージはヒラヒラ抑制アイテム?微妙とか言っちゃいながらちゃっかり意識して……寧ろ結果オーライ……?」
「なにブツブツ言ってんの?大丈夫?」

ハッとして顔を上げると先輩は驚いて身を震わせた。
我ながら良い案なんじゃなかろうか。込み上げる興奮を抑えつつ、思いきって口を開いた。

「黒尾先輩。孤爪くんともっと深く親密な関係になりたいのですが、何か良い方法はありませんか!」

ゴトゴトゴトンッ!とやけに大きな音が響いた。
それは黒尾先輩の手元にあったゴミ箱が階段を転がり落ちていった音で、下の方で中身が散乱してしまっている。

「何やってるんですかー!」
「いやキミは何言ってんのかな!?すげえ爆弾ぶっ込んだね!?しかもソレ俺に聞くかね!?」
「だって先輩って悔しいけど孤爪くんの良き理解者じゃないですか。そういうの、男の人目線で聞いた方がリアルだし効果がありそうです!」

眼球からキラキラした光線を出すイメージでじーっと目を見ると、ゴミを拾う手が止まって、観念したらしく短く「はい降参デス」と言われた。

「深く親密に、って言葉の通りそーゆー意味?」
「勿論です!私もっと触れたいんです孤爪くんに!ギュッとかチュッとかしてみたいんです!更に欲を言えば耳元で愛を囁かれたい!!」
「ちょ、ボリューム下げてお願い……」
「孤爪くんて全然そういうの興味ないんでしょうか!?ギュもチュも!?私とはできないってだけ!?そもそも私のことちゃんと──むぐっ」

てのひらで強制的に黙らされ、やっとたくさんの視線に気がついた。
散らかしたままだったゴミを慌ててかき集め、逃げるように去ろうとするその背中を夢中で追いかけた。





「さっきのだけどさ」と黒尾先輩。

「ほら、ギュとかチュとかってやつ。もしかして研磨全然してくれないカンジ?」

ゴミを捨てる手を止めてこくこくと頷く。
私の心からのイエスの何がそんなに楽しいのか、喉を鳴らして笑い出した。

「ま、普通の男なら寧ろそういう興味しかないもんだしなー。勿論アイツも例外じゃないとは思うけど」
「やっぱり!問題なのは私に魅力がないことなんですよ!ぶっちゃけどんな女の子がタイプなんですか!?知ってます!?今までどんな人が好きだったんですか!?」

さあどうぞ!お教えください!と圧をかけて近寄ると、手で待てをしながら少し不思議そうな顔をされた。


「あー、ちょいちょい?名字チャン何か勘違いしてるっぽいけどさ」


「クロ」

後ろの方から声をかけられて本当に心臓が止まるかと思った。
隠れて悪い事をしてソレを先生に見られてました、っていうのによく似てるこのバクバクを知ってか知らずか、いつの間にか隣に来た孤爪くんが静かに黒尾先輩を見上げている。

「さっき夜久くんに会ったんだけど、日誌がどうのって先生が探してるって」
「あーサンキュー。そんじゃあまたね?研磨の『可愛い可愛いカノジョ』チャン」


(……可愛い可愛い、なに?)

黒尾先輩はふらーっと踵を返してしまい、あんまりわざとらしいその言い方の意味を問い詰めることもできなかった。
そんなことより重要なのは、さっきの会話が本人に聞かれていたか否かだと思う。

「こ、孤爪くんもゴミ当番!?」
「違うよ……待ってたけどなかなか戻ってこないから」

そう言う孤爪くんの腕には私のジャージ袋が抱えられていて、そういえば待っていてと言われていたのを思い出した。
「ごめんね」と謝りはしたけど本人はそれほど気にしていないのかそっとソレを差し出された。

「ありがとう、貸してくれて」
「ううん!こちらこそありがとう!!またいつでも言ってね!いっその事これから兼用する!?」
「大丈夫……やっぱちょっと小さかったし」

今までずっと抱えていたのかな。布の袋から孤爪くんの体温がじんわりと伝わってきて、口元がだらしなく緩むのを抑えられなかった。

……かなり残惜しいけど、約束の時間だ。
今日一日私の手元にあった孤爪くんのジャージともここでお別れした方が良さそうだ。

「孤爪くんのも返すね。コレ」
「あ……うん」
「今日一日ずーっと孤爪くんが近くにいてくれてるみたいですっごく幸せだったの!どうもありがとう!」

一瞬固まったかと思えば、ふいっと視線を落とした孤爪くんの頬がじわじわと赤くなっていって、「また貸してね!」なんて続けようとしていた唇を思わず閉ざした。

……そんなに赤くなられると、こっちまで妙な恥ずかしさが込み上げてくる。
どこからか流れてくる甘い空気を散々待ち侘びていたハズなのに、いざとなるとどことなく落ち着かなくて。
誤魔化そうとにへら笑いを浮かべたのだけど、もう一度こちらを見た孤爪くんの瞳に全部見透かされてる気がして、耳まで熱くなっているのが自分でもわかった。

「じゃあおれ、部活行くから」
「う、うん!がんばってね!また明日!」

「……うん。また明日」


ゴミ箱を持ったまま孤爪くんの背中を見送る。

今日は朝からずっと『孤爪くん』の日で、行動だって頭の中だって全部全部彼のことでいっぱいだった。
付き合って半年、こんな日が今まであっただろうか。


「孤爪くん!」

振り向いた孤爪くんは目を丸くして少し驚いた顔をしている。

「やっぱり今日、一緒に帰らない!?部活終わるまで待ってるから!」

今まで一緒に帰ったのは数えられるほどで、しかもテスト期間だとかで部活が休みになったときだけ。
学校でもあまり話さないし、夜にどうでも良いlimeを送ったりたまにオンラインゲームをするだけ。
……だからこんな素敵な日を終わらせるなんてもったいないし、まだ孤爪くんをその気≠ノできていない。

告白の返事を聞くときみたいに尋常じゃないくらい心臓がバクバクしている。
なかなか返事がこないのに少しだけ不安を感じていると、孤爪くんは花びらが開いたように顔を綻ばせて頷いてくれた。

(……あ)


──どんな女の子がタイプなんですか!?

──何か勘違いしてるっぽいけどさ。


──『可愛い可愛いカノジョ』チャン。


(そっか……あは。なぁんだ)


「今日は七時には終わると思うけど……大丈夫?」
「平気だよ三時間くらい!待ってられる!」
「わかった。じゃあ、また後で」


手を振ったら孤爪くんも小さく返してくれて、今度こそ本当に戻っていくのを見つめる。

何をあんなに不安になってたのかな。
私が孤爪くんを好きで好きで。恋人になれた。
でも当たり前だけどそれだけじゃない。

私は目の前で嬉しそうにしているあの人の、『彼女』であり、『好きな人』だ。


「……孤爪くん、好き」

聞こえないくらいの小さな声だったハズなのに、彼がまた足を止めたから慌てて口を押さえた。
……聞こえてないよね!?ほんの囁き声だったと思うんだけど!?

どうしたのと聞こうとしたその時、孤爪くんからの言葉に私のブレーカーが落ちる音がした。


「おれ、名字さんに魅力がないなんて思ったこと、一度もないから」


やっぱり聞かれてた、とか、そういう問題じゃない。

時間的には少し早い夕焼け色をした孤爪くんが、同じような色を乗せているであろう私をジッと見つめたかと思えば優しく、そしてどこかイタズラな笑みを向けられて。

あのジャージは本当に『ヒラヒラ抑制アイテム』だったようだ……とぼんやり思いながら今度こそ遠くなる背中を見送った。

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