それは多分初めての

孤爪くんが好き。

一年の秋に初めて親友にそう打ち明けたとき、二人は声を揃えて「何で孤爪?」と言った。どこがいいの?と畳み掛けるように言われて私も言葉に詰まってしまった。

バレー部に入ってる彼だけど運動がそんなに得意じゃないのか、ロードワーク中に集団よりもずっと後ろを走る孤爪くんを見たときから少し気になっていた。
いいな、とかじゃなくてすぐ辞めちゃいそうだなって。

教室にいる孤爪くんはとても静かでいつも何かのゲームをしている。
あんまり目立つのも好きじゃないみたいで、ちょっとだけ俯いていて、話しかけられるのもきっと得意じゃない。
私が誰にも気づかれないようこっそり見ているのも彼はすぐに気がついて、私が逸らすよりも早くパッと顔を背けてしまう。

それから何日か後の放課後、偶然体育館の近くを通り過ぎたときにバレー部が練習しているのを見かけた。
孤爪くんがいた。まだ続けてるんだ、と気づいたら足を止めて盗み見ていた。
ものすごい勢いで飛んできたボールが嘘みたいにふわりと宙に舞って、吸い込まれるみたいに孤爪くんの手に向かっていき柔らかなトスが上がる。
素人ながらに無駄な動きの無さに感動した。勝手にセンスないんじゃない?なんて思ってたのが申し訳ないくらいだ。

ピッと笛が鳴ってみんながスパイクを打った人とハイタッチをしてる。その人が孤爪くんの背中をポンッと叩くのを見ていた私は息が止まるかと思った。

孤爪くんが笑っていた。僅かに口角を上げて、優しく。

(うわ……うわあっ、やられた……)

初めて見たその顔が頭に焼き付いて、その日は全然眠れなかった。


孤爪くんが、好き。

いつの間にかずっとずっと目で追って、どこに居たって孤爪くんだけはすぐに見つけられるようになって。
自覚してから数カ月。新しくなったクラスに彼の名前がなくて。唯一の接点すらも失ってもう抑えるのが苦しくなった。

猫みたいな目を丸くして、孤爪くんも「何でおれなの?」と言った。
二人に打ち明けたときと同じですぐには答えられなくて、でもあの時と違って聞いてほしい思いは確かにあって。
私はゆっくりと息を吸った。




「はい今日はここまでー」

五限の終わりを知らせる鐘の音に顔を上げた。
半分も聞いていなかった気がする。休み時間からずっとこのジャージに袖を通したままで、ふわりと香る孤爪くんの匂いが私に染み付いちゃってるんじゃないかと思うと無意識のうちににんまりしてしまう。
スマホを確認してもメッセージはやっぱり届いていなかった。

(はぁー……っいけない!数少ない幸せまで逃がすわけには!)

不意に斜め前の席の山田くんと目が合って、彼はそのまま固まっている。
逃げ出した幸福を吸い戻そうとしていた口を閉ざしてとりあえず歯を見せたけど、全然誤魔化しきれてないみたいだった。

「何もしてないよ!?」
「まだ何も言ってねえよ?……な、そのジャージって男バレのだよな?朝からずっと持ってっけど」
「え、うん。そうだけど」

……そこなの?幸福吸引顔はスルーなの?
ワンテンポ遅れた私に山田くんは険しい表情で「誰の?」と続けた。

「孤爪くん」
「何で?振られたんだろ?」
「ふ……振られてはないよ逃げられたんだよ!」
「一緒じゃね?」
「全然ちが……あ!」

視界の隅でプリン頭がチラついた気がして目を向けた。
見間違うはずなんてない。扉の向こうでオロオロしているのはやっぱり孤爪くんだった。
福永くんに話しかけたいんだろうけど、後ろのクラスメイトに話しかけられている福永くんが気づく様子はなくて、私は思わず立ち上がった。

数時間ぶりの孤爪くんは私に気がつくとあからさまに顔をしかめ、それ、と控えめに指をさされた。

「……絶対とっちゃダメって言ったよね」
「え?……あ、ごめん!でもこの子も羽織られたそうにしてたからウィンウィンだよ!?」
「何言ってるの」

既読無視されたし、公開告白のことで怒ってるんじゃないかと思ってたけど普段通りな気がする。
慌てて言われた通りに腰に巻けば気が済んだみたいで、私の肩越しに「福永」と小さく声をかけた。

「学ジャー貸してほしいんだけど……持ってない?」

六限目が体育に変わったのを忘れてたらしい。でも同じように忘れたのは残念ながら彼だけじゃなかったみたい。
福永くんに「さっき違う人に貸したところ」と返され孤爪くんは困ったように息を吐いた。
“体育の熱血森田”はジャージを忘れたり髪を縛らなかったりと、やる気のない生徒にはとことん厳しい、音駒で一番恐れられてる先生だ。

「……わかった。ありがとう。虎のところ行ってみる」
「私!私持ってるよ!山本くんのなんて絶対ブカブカだよ!私にしなよ!」
「いや、名字さんのは多分小さい……」
「名前ー。あんまり執着するとウザがられんぞー。もう諦めとけー」

振り返らなくたってわかってるけど、後ろからチャチャを入れてくるのは山田くん。
「外野はちょっと黙ろう!?」と言うと呼んでもないのにこっちに来た。黙る気なんて更々なさそうだ。

「孤爪も振るならちゃんと振ってやれよー。中途半端だとコイツ絶対諦めないから。後つけたりとかするぞ」
「マジ顔でデマ言うのやめて!?信憑性増すから控えて!?」
「必死かよ」

孤爪くんにチラリと視線を向けると眉間にシワを寄せて少し怖い顔をしている。
……これはもしや。

(間に受けてる顔、では!?)

「孤爪くん、私さすがに……!」
「名前も何で孤爪なんだよ?去年そんな喋ってるとこも見たことないし、そんなん孤爪がビビって逃げてもしょうがえねよ」

ビビったんじゃ

何で孤爪?

──『何で、おれ?』


言い返そうとした私の袖をくいっ、と引いたのは孤爪くんだった。

「……やっぱり貸して」
「えっ?」
「ジャージ。いい?」
「……は!はい!勿論!ただ今!」

言われるがままにジャージを抱えて戻る途中、ゆりぽんとあっちゃんと目が合って何故かにまにましていた。
親指を立てられたことにクエスチョンマークを浮かばせながらも孤爪くんに差し出せば、彼は少しだけ表情を和らげた。

「ありがとう。……名前」

「……へ」
「終わったら返すから。待ってて」
「ま、待っててって、孤爪くんが待って!?いいい今!」

私の名前呼んだ。名前って、呼んだ!
一回だけじゃ足りるわけない。踵を返す彼の袖を引くと案外大人しく立ち止まってくれた。

けど、振り向いた視線のその先は私よりももう少し後ろの方で。


「悪いけど……そういう訳だから」

牽制するかのような眼差しと、
私の手を優しく包む孤爪くんのほんのり温かい手のひら。

「じゃあまた後でね」

──そこから流れ込んでくる、甘いコレは。もしかしなくとも。


「お前、もしかして孤爪と……」
「山田くん」
「なに」
「どうもありがとう。この御恩は一生忘れません」
「え何が?」

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