「孤爪くんをその気にさせたい気持ちでいっぱいなのに、何故こうなってしまうのでショウカ」
「何故だと思いますか?」
「……私がTPOを弁えていなかったのがいけないんだと思いマス」
「一応自覚はあるのね」
中庭の木陰で三人でお弁当を広げ、私たちは三度目の会議を開いている。
どうやらさっきのアレは『名字が孤爪に公開告白したが逃げられ玉砕』と学年中に知れ渡ったらしい。
何度も何度もlimeを送ったけど全て既読無視。
教室に出向けば何かの術を使ったみたいにドロンされ、通りすがりの生徒にはひそひそニヤニヤされるから多分孤爪くんも同じように迷惑を被っているんだと思う。
「もしも、もしもだよ?例えば、仮に、万が一、孤爪くんが私をキライになっちゃったら……」
「万が一っていうか、間違いなくそっちにベクトルは向いただろうね」
「あ゛っぢゃあああん゛!もしもの話だからあぁ!!」
「名前」
珍しく低い声でゆりぽんがそう言うもんだから私は慌てて口をつぐんだ。
「どうして半年付き合ってそういう空気にならないのか。孤爪が奥手とかじゃなくて、原因は名前にあるんじゃないかと思うんだけど?いつもあんな感じなの?」
「は、はいソウデス……」
「アンタがガツガツ行くからただでさえ気の小さそうな孤爪がビビっちゃうんじゃない?」
その言葉は今朝聞いた『微妙』よりもうんと心に突き刺さって、唐揚げの味がわからなくなるくらいまでダメージをくらった。
自分でもそうなんじゃないかと思うことはあった。
…………でも。それでも、これだけは。
「もしホントに嫌いになっちゃったらどうしよう……」
ぽつりと呟いた言葉に返事はなかった。
なかなか減らないお弁当に視線を落としていると、そっとハンバーグが添えられてびっくりして顔を上げた。
「またスイッチ入ってる」
「ほらほら、私の玉子焼きもあげるからさっさとネガティブ電源落としなよ」
「んもー!食べ物さえ与えれば機嫌よくなると思って!なるけど!!」
……美味しい。どっちも手作りの味がする。
むしゃむしゃ頬張りながらも孤爪くんのことで頭がいっぱいなのは変わらない。
今朝貸してくれたジャージは汚すといけないと思って膝に掛けてあって、それにはまだ孤爪くんの香りが残ってる。
「……ま、実際のところキライになるとかそういう心配はいらなそうだけどね」
ジャージを見ながらあっちゃんが言った。
「何で?」
「さあね?」
「え、ねえ何で!?根拠は!?」
どんなに問い詰めてもあっちゃんは何も教えてくれなくて、ゆりぽんもニヤニヤしているだけで、お昼休み終了を告げる鐘の音に仕方なく腰を上げた。
「さー戻ろー。次なんだっけ?」
「英語。確かゆりこ次当てられるんじゃない?訳」
「えっ、そうだっけ!?もっと早く教えて!?」
「……あ、二人とも先戻ってて?飲み物買ってから行く」
「オッケー。あっちゃんノート写させて」
「帰りハーゲンな」
「マジで言ってるの?」
二人の背中が見えなくなったのを確認してから、木に額を押し当てて目を閉じた。
───ガツガツ行くから、孤爪がビビっちゃって。
(ああ、ダメダメ)
自分で決めてやってきたことなのに不安になってどうするの。
───『何でおれなの?』
孤爪くんに告白したときに、決めたんだもん。
誰が見てもわかるように好きを示そう、伝えよう。
あなたはこんなにも魅力的なんだよ、こんなにも愛されてるんだよってわかってほしい。
「…………もう、何で、なんて」
抱えていたジャージを言われた通りに腰に巻こうとしたけど、ふと思いとどまってそのまま袖を通してみた。……意外と大きい。
いつも華奢だなぁなんて思いながら見ていたけどやっぱり私とは全然違って。
後ろから柔らかく抱きしめられているような気分になって、鼻を抜ける香りが肺を通って全身を巡る感覚が、ひどく幸せだと思った。
「……好きだよー、孤爪くん」
孤爪くんの腕に、胸に、包まれたらどんな感じだろう。
真っ赤なジャージの襟元にそっと唇を寄せた。
───ブブッ、と振動して何度目かわからないメッセージが表示される。
ため息をつきながら確認すると送り主は思っていた人物ではなく、一つ上の幼馴染みだった。
『お前のカノジョチャン、振られたショックで木にデコぶつけてるなう』
(……別に振ってないし)
すぐに写真も送られてきた。それは今朝貸したジャージを羽織る見慣れた後ろ姿が中庭の木と向き合っているのを撮影したもので、遠目から見てもあの子なことはすぐにわかる。
まさかクロにまで知られているとは思ってなくてさすがに驚いた。
人ってモノはどうしてこうも他人の不幸やら噂話やらが大好物で、放っておいてくれないんだろう。
きっと美味しいネタなのは玉砕した#゙女の方。
せめて返信くらいしてあげるべきなんだろうけど、つまらない意地がそうはさせまいと拒んできて、そうしてるうちに連絡も来なくなった。
続け様に送られてきたメッセージに目を見張った。
『ちゃんと大事にしてやれよ〜?孤爪くん?』
(…………うるさいよ)
多分この画面の向こうでニヤニヤしているであろう幼馴染みをそのままにしておくのは癪だけど、もう一度肩で息をついてポケットにしまった。
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