意地悪の中にしだけ


中庭にはチラホラとしか人がいなくて、足早に通り過ぎる私たちは不思議そうに目で追われる。
そこを通り過ぎた校舎の陰まで来ると月島くんはやっと足を止めた。
ここに来るまでに涙は止まってくれたけど、グズグスになった鼻と目元は回復まで少し時間がかかりそうだと思った。

月島くんはちらりと私を見ると、ポケットに手を入れいつだかみたいに目の高さにティッシュを差し出した。
嫌味は不思議ととんでこなくて、そのまま黙って受け取るとふわりと優しい良い香りがした。月島くんの、だろうか。

「影山ってさ、頭おかしいんじゃないのってくらいバレーの事しか考えてなくて、バレー以外のことなんてなーんにも出来ない単細胞」
「…………」
「そのうえ今日は放課後ウチで練習試合があるからもうそれでいっぱいなんだと思うよ。まあ今回のはタイミングが悪かったね」

淡々と告げる月島くんは、返事をする様子のない私を一瞥してさらに続けた。

「君だったからこんな風になったとかじゃないと思うけど。単にアイツがこういうのに興味がなくて、ただ疎かっただけ」
「……そうみたいだね」

だってアレは、目の前の女子が自分を気にしてるとか好意を持ってるとか、そんなの微塵も思っちゃいない顔だった。
あの手紙のことを、ただ本当に何かの用事で寄越されたものだと思ってるのがひしひしと伝わってきた。

「月島くんが悪趣味って言ったの、少しだけわかった気がする。あんなに真っ直ぐな人私には手に負えないよ」
「気づくの遅すぎでしょ」

その場に屈んで校舎にもたれ、不揃いの石ころを指で転がした。
前まで心底ムカついてた月島くんの言葉をしっかり受け止められるのは、どこか優しいその声色のせいだ。

意地悪な人だと思っていたけど、今みたいに誰かを気遣うこともできるんだと少しだけ驚いている。
さっきだって、ああやって手を引いてもらわなかったらあの場で涙を零していたと思う。誰よりも影山くんに迷惑をかけてしまうところだった。

ああやって、助けてくれなかったら。


「月島くんてさ」
「何デスカ」
「嫌味ばっかでほんっとムカつくし、多分クラスで一番性格悪いんだろうなくらいに思ってた。こんな奴に弱味握られるなんて正直死んだ方がマシだって思った」
「それを面と向かって言っちゃう君もどうかと思うけどね」

ポケットに手を突っ込んで校舎に背中を預ける彼を少し睨む。
「いつか言ってやりたいと思ってたの」とむくれる私に、短く「ふうん」と返ってくる。続けなよ、と言われている気がした。

「でも実際、困ってるところ助けてもらっちゃったわけだし、こうやって慰めてもらっちゃったりしてるし。今となってはあの時私の手紙を見られたのが月島くんでよかったかもって、ほんのちょっとだけ思ってる。ありがとう」


昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
あの場所に戻るんだと思うと気が重くてすごく、怖い。
小さく息を吐いて立ち上がると、月島くんの手がまた私の腕を掴んできて驚いた。
何よりも本人が一番驚いていることにさらにびっくりした。

「何?ていうか廊下でも腕引いてくれたけど、アレ絶対他のクラスの人に勘違いされちゃうよね」

月島くん、認めたくないけど人気あるし。
もしかして今後私がファンの子たちから手紙で呼び出されちゃったりして?とニヤリと笑ってみせたけど、何か考えている表情のままで返事はなかった。


「ねえ聞いてる?」
「……それもいいかもね」
「なにが?……え?呼び出しが?それはちょっと困る」
「僕もなかなか悪趣味みたいだし。ちょうどいいんじゃない?」
「意味が全然わかんないんですけど。もっとわかるように言っ……ちょっと聞いてる?」

大きな手はするすると滑り落ちてきて私の手を絡めとる。
一本一本交互に交わった指に驚いて顔を見上げると、月島くんがそっと耳打ちした。

それはもう、今までに見たことのないくらい優しくて、意地の悪い顔で。


「……な、に」
「もっとわかるように、って言ったのはそっちでしょ」
「それはそうだけど、いやそれならもう少しわかりやすく、」
「グズグズしてると授業始まるんだけど。行くよ」



『次は僕にしとけば。案外勝算あるんじゃない』


聞きたいことはたくさんあるのに、私の手を引いて早歩きの月島くんはもう何を言っても返事をくれない気がした。でも。

(……真っ赤じゃん)

色素の薄い髪の間から覗く、真っ赤に染まったその耳が、彼の思いの象徴のように見えて。
込み上げてくる温かい感情に「ああ何だ、満更でもないんじゃん」とこっそり笑った。
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