まれ口も気にならぬほど

姿を見られるだけで嬉しいなと思ってたけど、影山くんからの「あざッス」をもらって以降、多少なりとも欲張りになってしまっている自分がいて少し戸惑ってしまう。

声をかけたい。勿論かけてもらえるなら万々歳だけど、とりあえず声が聞きたい。会話がしたい。
一目惚れしたあの日から確実に自販機へ向かう回数は増えていて、それは一番仲のいいかずちんに勘ぐられるレベルだった。

「名前、最近すごく自販機行くようになったよね」
「ま、まあね。最近喉渇かない?私だけ?」
「多分アンタだけよ。別にいいけど」

自分の席に戻ってくかずちんの背中を見ながら、そのうちちゃんと打ち明けないとダメだなぁと思った。ふと、「お邪魔しまーす!」と元気な声が聞こえる。
あの明るいオレンジ色の髪の男の子は確か一組のバレー部の人だ。その後ろを着いて歩く背の高い人を見て心臓が止まるかと思った。

か、影山くんが、よ、四組にいらっしゃった!

多分バレー部繋がりで月島くんに会いに来たんだろうけど、月島くんの斜め後ろに座る私はもしや自分に用があるのでは?と錯覚してしまって心拍数がとんでもないことになってる。

苦しい。どうしよう。どうしよう……ッ!


「……部活前後だけって話だったよね?」
「………………」

「ね??」

自分を見下ろす二人に対して月島くんはやけに静かに言った。

「だって英語の吉田先生居なかったんだもんよ〜」
「営業時間内に出直してきてくださーい」

そう言うなりヘッドフォンを耳に当ててしまった月島くんを見て、二人は少なからず不満そうに顔を顰めていた。
「しょうがない、行こうぜ」と踵を返す一組の人の奥にある、鋭い目と視線が交わった。

「あ」

と短く彼が言った。

「え、なに?影山知り合い?」
「ああ、まあな」
「へえー!おれ、一組の日向翔陽!バレー部!日向でいいよ!」
「あ、名字名前、です。よろしく」
「名字さんか。あ、ねえ英語教えてくんない?今赤点取んないように頑張ってんだけど、全然わかんなくて」

ごめん、英語は苦手なの、と伝えると日向はあからさまに肩を落とした。
よっぽど苦手みたいだった。力になりたいのは山々だけど英語は一番の苦手科目だ。

残念そうにしてた日向だけど仕方ないか!と気を取り直してくれたらしい。
またねー名字さん!なんて気さくに呼んでくれる彼に手を振ると、影山くんが足を止めて口を開いた。

「昨日はあざした」
「えっ、ううん。いいよ、気にしないで」
「……じゃあ、また。名字さん」

ペコッと軽く頭を下げて影山くんも教室を出ていった。
多分私の体は針か何かを刺せばパンっ!と破裂しそうなくらい膨れ上がっている気がする。
顔が誤魔化しきれないくらいに熱い。名前、呼んでくれた。影山くんが、私を。

「ニヤけすぎでしょ。気持ち悪いんだけど」

月島くんがヘッドフォンを少しだけズラしてそう言ったけど、そんなのももうどうだっていい。

「……こんな嬉しいの、初めて。」

こみ上げてくる笑みを抑えられない。
口元がニヤけて止まらない。好きがどんどん溢れてくる。


「……やっすい女」

月島くんはそう言ってヘッドフォンを元に戻した。
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