「お、いいところに」

そうこぼしたのは担任だった。次の授業が始まる前に購買で軽食でも、と階段を下りているところを捕らえられてしまった。授業で使う資料を自分の代わりに取ってきてほしいと教室の鍵を渡されそうになる。

「小腹が空いたので購買に行くところで……」
「んんっ?じゃあこれやるから、な?頼むよ」

教頭に呼ばれて急いでんだよー、と鍵を差し出すのとは反対の手でポケットの中身を取り出した。小さな箱には美味しそうなキャラメルがプリントされている。気前よく箱のまま渡してくるなんて余程急いでいるらしい。

「……まあ、いいですけど」

渋々受け取る素振りを見せたけど心の中はガッツポーズだった。
資料室は四階。まとめてテーブルの上に置いてあるらしく、行けばすぐにわかるとのこと。「じゃあ任せた」と急ぎ足で居なくなる担任を見送って、下りてきたばかりの階段を上がった。

他学年の階に行くのはあまり好きじゃない。先輩だ!ってしゃんとされるのも気まずいし、ジロジロ見られるのなんてもっと無理。中央階段から堂々と乗り込む勇気はなく、人気のない方の階段まで遠回りしてから目的地へ向かった。

頼まれ物はすぐに見つけた。わかりやすくテーブルに置かれたダンボールとその横の紙袋を見て、これだなと理解する。そしてダンボールからいくつもの模造紙がはみ出ていることに眉を寄せた。
抱えてみてやっぱり思った。前が見えない。そしてそれなりに重い。一気にげんなりしたものの持って行かない訳にもいかず。

視界を遮るこいつらを紙袋の中に移し替えられないだろうか。見た感じ難しそうだ。小脇に挟んでみる?色々試したけれど折り目がついてしまいそうでやめた。

(……仕方ない)

紙袋の持ち手を腕の関節まで通して、よいせっとダンボールを持ち上げる。はしたないけど扉は足で閉めさせてもらった。鍵はどうがんばっても上手く掛けられず、一旦床に置いてからしっかりと施錠した。
もう一度持ち上げようと腰に力を入れた時だ。後ろから声をかけられた。

「代わるよ」
「うえっ……足立くん」

「うえって何」と足立くんが鼻で笑った。中腰のまま振り向いたら変な声が出てしまった。ごめん、と曖昧に笑ってからどうしてここにいるのか聞いてみた。足立くんもヒロアツ先生に捕まったらしかった。

「重いのに女子だけに任せちゃったからって」
「え、いいのに……いや重いけどさ……」
「もう来ちゃったし。とりあえずそっち持つから」

ダンボールを持ち上げた足立くんが「行くよ」と階段へ向かう。紙袋を抱え直して後を追った。
さすがに危ないので視界を遮る模造紙たちも私が持つと申し出た。

「それは助かる」
「任せて!」

なんだか知らないけどまた笑われた。
足立くんが階段を下りる姿を見て、助けに来てもらえてよかったと思った。一人でよたよた運んでいたら今頃転げ落ちて、中身を全部ぶちまけていたような気がする。

「ありがとう手伝ってくれて」
「いや名字さんだって先生に言われたからやってるってだけじゃん。あっちの指示ミスでしょ」

淡々と言われ、そうだねと返した。沈黙はすぐにやってきて自分でも視線が右往左往しているのがわかった。こういう時は何か話をした方がいいのだろうか。何かって、何だ。何の話題が正解なんだ。

「夏休みのさ」
「……!なるほど」
「は?」

眉を寄せて怖い顔をされてしまった。慌てて「なんでもないですごめんなさい」と謝る。始めは汚いものでも見るかのような目付きだったけど、スルーの方向で理解してくれたのか言葉を続けてくれた。

「夏休み補習、出る?」

「……聞きます?」と私が含みのある言い方をするものだから、眼鏡の奥が丸くなった。前に黒尾に話したのと同じ話を聞かせているうちに、いつものこの世の全てが面倒です≠チて顔に戻っていった。

「半強制的に参加なんだ……まあこの時期にその点は先生も焦るね」
「う……そうだよね」
「本人がそんなに焦ってなさそうなのも余計にね」

グサリ。言ってくれるじゃん。と今度はこっちがジト目を向ける番。
勿論わかってはいる。振られたとか気まずいとかそういう事にベクトルを向けていい時期ではない。

(世の振られ同志はどうやって乗り越えてるんだ……)

肩を落として歩く私に、「まあ切り替えてがんばろ」と足立くんにしては柔らかい声がかけられた。言いすぎたと思っているのかもしれない。

「分からないところあったら聞いてくれていいから」
「……うん……ありがとう」

今までそんなに話した事もないような間柄だし社交辞令で言われているのかと思ったら、割と本気で言ってくれている気がする。彼の目にはよっぽど哀れに映っているらしくて少し落ち込んだ。





「あっ名前、どこ行ってたの?」

教室に着くなりいっちゃんが寄ってきた。隣にいる足立くんを不思議そうに見ているから、「購買に行く途中で雑用頼まれちゃってさ」と手元を見せた。すぐに納得してくれたようだった。
ダンボールを教卓に置いて、足立くんが自分の席に戻っていく。

「足立くん、えっと、ありがとね」

口にはしないけど、別にって顔で軽く頷いてくれた。紙袋を置いて席に着こうとする私の後ろをいっちゃんがソワソワと着いてくる。私が椅子に座ると、私の机に手を置いたいっちゃんがずいっと顔を寄せてきた。内緒話をしたいのか片手で口まわりに壁を作っている。

「なんか最近足立くん率高くない?」

足立くん率。私も口にしてみる。頭の中にその言葉を巡らせたもののよくわからなくて首を傾げた。

「そう?」
「そうでしょ、全然話した事なかったよね?」

まぁ確かに接する機会は増えた気がする。けど。

「話すったって時々ね。しかもあなた方の話ばっかりですよ」
「……そうなの?」
「お弁当一緒に食べられるようになってから毎日楽しくて仕方がないんだってさ〜、とか」

にやりと笑って見せたら、「なにそれぇ……」と赤くなった頬を押さえている。可愛い。こっちがなにそれぇだ。
ふとポケットの中に入れっぱなしの物に気がついた。「ちょっと待ってて」と伝えて席を立った。

「足立くん」

窓際の前の席。クラスメイトと話していた彼が驚いたように振り向いた。

「なに」
「さっきヒロアツ先生に貰ってたの。分けて食べよ?」

別にいいよと断られたけど独り占めするのもなんだし、寧ろ足立くんの方が重たい方を持ってくれたわけだし。まあまあ、なんて言いながら中身をてのひらに転がして目を疑った。
クラスメイトが吹き出した。

「いやひとつかいっ」

箱ごとくれるなんて気前がいいなと思ったらまさか、最後の一つをくれただけだったとは。手元に目を落としたまま言葉にできないでいると、足立くんがさらりと言った。

「名字さんが食べなよ。お腹空いてたんでしょ」
「これっぽっちで腹が膨れるとでもお思いか……!」
「誰それ」
「いいから、ほんとにあげる!来てくれて助かったし」

「ほらこないだプリン多く貰ったしさ」と無理やり手渡したら諦めてくれたようで、「じゃあ貰っとく」と受け取ってくれた。
用は済んだ。あとは一時間、お腹が鳴らないように祈るだけだ。
とりあえず飲み物でもがぶ飲みして……と考えながら自分の席に戻って驚いた。何故か封のあいたパンの袋が置かれていた。見たところ中身は半分にちぎられている。

「え、いっちゃん?」

いっちゃんは首をふるふると横に振った。軽く握った拳で口押さえ、何だか落ち着かない様子だ。
何も言わないけれどあっちあっち、とアイコンタクトを送ってきている。目線を辿ると別の人物と目が合った。
心臓がぎゅうっとした。


「や、夜久ぱんまぁん……」
「ああっ?誰がだ」
「……夜久おじさん……」
「製作者の方でもねえよ」

夜久がもぐもぐとジャムパンを頬張りながら最後の一口を口に放った。

「ほら先生来ちまうぞ」

苦しい。嬉しい。ぎゅっとして、ドキドキして、唇が震える。どうしてか涙が出そうだった。
そんな私を夜久にもいっちゃんにも、他の誰にも悟られたくなくて、「ありがとう夜久ぱんまん!」とおどけてみせた。

それでもあなたは優しいのね


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