盗み聞き、と言ったら人聞きが悪いのだけど、お手洗いの帰りによく知っている名前が聞こえてきて思わず耳を澄ませてしまった。
廊下側の席に座る伊藤くんが何人かと話をしているところだった。

「池田さんと弁当食ったりしねえの?」

あ、それ私も気になってたんだよね。せっかく付き合ったんだからもっと一緒に過ごせばいいのにって。そして、その後の伊藤くんの返答で私は固まってしまった。

「断られた。友だちと一緒に食べたいんだって」

なんて??いっちゃん待って?嘘でしょ??
咄嗟に男子たちの前に顔を出すと伊藤くんがゲッと目を見開いて少し気まずそうに口を閉ざした。

「ま、任せて」
「え?」
「あと、あ、諦めないで!」

ぽかんとしている数人に向けてグッと親指を立てると一人に吹き出された。「何が?CM?」とかなんとか言われて恥ずかしくなって逃げるように立ち去った。向かうはいっちゃんの元だ。

お弁当を広げて私を待っていたいっちゃんに今あった出来事を話すと、顔を覆って弱々しく「ごめん……」と謝られたから笑ってしまった。
いっちゃんはどうやら伊藤くんとの距離感がわからないらしい。二人きりになると究極に困ってしまうみたいで、二回に一回はこうやって誘いを断ってしまっているようだ。

「でも私を言い訳に使うのはよしてよ〜。他に友だちのいない可哀想な子みたいじゃん」
「事実じゃん……」
「やめてくれます??」

お弁当の蓋を閉めて早く行ってあげるよう促せば、縋るような目で見上げられた。本当に?行かなきゃダメ?って言ってるように見える。せっかく付き合い始めたのにこれじゃあ何だか伊藤くんが気の毒に思えてしまう。
「名前といる方が楽しいのに」とブツクサ言ういっちゃんにぴしゃり、「それは当たり前です」と言うと、「それもそうか……」と諦めてお弁当を片付けはじめた。それはそれ、これはこれだ。

「ホントに平気?私いなくなっちゃうよ?いいの?引き止めるなら今だよ?」
「しっつれいな。私にだっているからほら、えっと……高身長イケメン=v
「いやいやそれは──」

架空の人物でしょうが、とでも言いたげないっちゃんがそれ以上続けないうちに背中を押して見送った。
……さて。私はどうしようかなあと考えていると、後ろからわざとらしい咳払いが聞こえてきた。

「なに?」
「高身長イケメンが一緒に食べてやろうか?」

ニヤリと口の端を上げ、渾身のキメ顔を披露してくる黒尾がおかしくて吹き出してしまった。(ご厚意はありがたかったけど丁重にお断りした。)
そもそも優しくて背が高くてかっこいい人、は咄嗟に思い浮かんだワードを口にしただけで別に特定の誰かを思って言ったわけではなかった。

なかったはず、だったんだけど。




「あ、やっぱり名字さんだ!ちわーっす!」


その顔を見た途端、ピースがかちりとはまった気がした。
木陰のベンチでお弁当を食べる私の元へ、「この間はありがとうございました!」とニコニコ駆け寄ってくる灰羽くん。その腕にはジュースが数本抱えられている。
好きな人がいる。そして相手も思ってくれている=c…ちゃっかり私に気がある設定にしてしまった。ごめん、灰羽くん。君にも選ぶ権利はあるってのに。

「そうだ、あの日の部活は間に合った?」
「はい!怒られずにすみました!」
「よかった。灰羽くんのそれ……おつかい?」
「今体育館で自主練やってて!仲間の分も買ってきました!」

キラッキラの笑顔が眩しくて思わず目を細めた。灰羽くんの明るさは心地好くて結構好きだ。ふっと余計な力が抜けていくような不思議な安心感もある。
またバスケの練習かぁ、がんばるなぁ。微笑ましい気持ちになりながら「夏休みも部活?」と聞けば元気な返事と共に頷かれた。
「練習試合に合宿に、朝から晩まで毎日部活です!」なんて、どっかの誰かさんと同じような事を言っている。

「名字さんは?部活?ですか?」
「ううん、帰宅部だよ。だけど夏休み補習というものがありましてね……」
「げぇっ、ベンキョウ……でも学校来るんだったら会えるかもしれないですね!こうやって!」

驚いた。外は暑くて、それは灰羽くんも同じなはずなのに見て、この爽やかさ。まるで、そう、炎天下で飲むキンッキンに冷えたサイダー。ちょっとキツめの炭酸みたいな灰羽くんの無邪気さがきゅーっと体の中を流れていく。

「……灰羽くんはほんと、可愛げがあっていいねえ」
「えっかわ……?カッコイイじゃなくて?」
「ぷふっ、じゃなくて」
「……オカシイ……何でだ……」

大真面目な顔をして考え込んでいるのがおかしくて更に吹き出してしまった。
見た目の雰囲気と中身はそりゃ一致しないこともあるけれど、背が高い≠ニかっこいい≠チてのも必ずしもイコールなわけではないんだな。
ひと笑いしていたら、彼の腕にあるペットボトルからぽたぽたと水滴が垂れていることに気が付いた。

「それ、ぬるくなっちゃうかも」
「え。わっやべ!」

行かなきゃ!と慌てる灰羽くんにがんばってね〜と手を振って見送った。
何だかすっかり体が軽くなったような気がしていて、彼にはデトックス効果があるんだなぁと感心しながら残りのおかずに手を伸ばした。

「名字さーん!」

少し離れた場所にいる灰羽くんに名前を呼ばれている。
何だろう?とりあえず片手を上げて応えたら、にっこりと笑って彼が言った。


「俺!名字さんにがんばれって言われたから、なんか今日めちゃくちゃがんばれそうです!」


いよいよ目が開けられないくらいの直射日光。
口にしてスッキリしたのか、ブンブンと手を振りながら(途中ペットボトルを落としかけて慌てていた)今度こそ走っていってしまった。とんだ天然たらしだ。
そして、そんな彼にいくらでもがんばって≠送りたくなってしまっている私も私だ。

過剰摂取にご注意ください


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