日中の熱がほんのりと残る中、時折吹く涼しい風に当たりながらいっちゃんと二人下駄を鳴らす。
おかしなところはないかと何度も何度も確認してきた彼女の格好はお世辞抜きに本当に綺麗だった。このピンクの浴衣はいっちゃんに着られるために生まれてきたと言っても過言じゃないね。そう言ったら「過言すぎるわ」と突っ込まれた。冗談めかしては言ったけど、私は本気でそう思っている。

人が行き交う中、会場である神社の入口辺りに彼らはいた。
足立くんとした保険の*束は今夜、当然とばかりにしっかりと果たされる事となった。

「待たせてごめん、準備に手こずっちゃって」

おずおずといっちゃんが言うと伊藤くんが涼しげに「俺たちも来たばかりだよ」と笑った。一見爽やかでスマートな彼だけど、男友だちといるときは泣き言を言ったり惚気たりしているんだもんなぁと思ったら可愛いくて可愛いくて、いっちゃんごと撫でくりまわしたくなる。可愛いもの同士どうか永遠に可愛いままでいて欲しい。
その隣で静かに二人のやり取りを聞いていた足立くんと目が合った。

「浴衣着てきたんだ」
「あ、うん」

私が着てこなければ伊藤くんは可愛い彼女の浴衣姿を目に収めることはできなかったんですよ、とこっそり言った。
『二人で夏祭り!?やだ!無理無理恥ずかしい!!』ないっちゃんが一人で浴衣を着てくるわけがなかった。私の方が全く着る予定じゃなかったのに拝み倒され今に至る。
濃い青色の浴衣。ベージュの花があしらわれているのを見て一目惚れした。ドキドキしながら手に取っていた。完璧に夜久を思って買った一枚だった。一番見てほしい人に見てもらえないなら着る意味なんてなかった。

「似合うね」
「ありがとう」

社交辞令をありがたく頂戴して、私たちは賑わいの中へと足を踏み入れた。





それはそれは子どものようにはしゃいでしまった。射的に型抜き、子ども向けのくじまで引いた。小学生の頃流行っていた食べ物の形をした消しゴムが当たって、いっちゃんと二人で大盛り上がりした。
甘いものも一通り食べた。かき氷にりんご飴にクレープ。お好み焼きはいっちゃんと半分こした。足立くんと伊藤くんとはたこ焼きや唐揚げをシェアして食べた。

ジュースを飲みながらみんなでひと息ついていると、腕時計に目をやっていた伊藤くんが「花火まであと三十分だけど」と言った。

「そろそろ移動する?」

花火は近くの河川敷で打ち上げられる。ここからでも見えないことはないけど川の方まで行った方が見やすいし、多くの人はそうしている。
辺りの人も何となく少なくなってきていた。「あのさ」と足立くんが口にした。その目は私だけに向けられている。


「花火、二人で見たいんだけど」


わかりやすく固まってしまった。声も出なかった。
いっちゃんも両手で口を押えて目を丸くしている。同じく驚いていた伊藤くんが「あっ、うんもちろん、うん!」とこちら以上にわたわたしている。

足立くんがいつもと変わらない顔で「いい?」と聞いてきた。いやこの状態でダメとも言えないし、っていうか、え?何で?と、ぐるぐる考えた後にピンと来た。

(察しが悪くてごめん……!)

ぶんぶんと頷いてもちろんオーケーだと伝えた。それならば、とこちらからも提案してみる。

「じゃあ帰りも別々って感じでいいかなぁ!?」

少しわざとらしかったかもしれない。でも大事なことだ。赤い顔をしてカチコチになっているいっちゃんと伊藤くんを置いて、足立くんと二人その場を離れた。




「ご、ごめんめちゃくちゃ楽しんじゃって……!」

顔の前でぱんっと手を合わせた。足立くんが「え?」とストローを咥えながら足を止める。
あくまで私たちは付き添いみたいな立場だったのに、寧ろ伊藤くんを差し置いていっちゃんとキャッキャしてしまった。足立くんにストップをかけてもらわなかったらきっと最後の最後までおじゃま虫だったに違いない。

「もっと気を利かせるべきだった……」

あの時ああしていれば、こうしていれば。ブツブツと反省会を始める私を尻目に、足立くんはボソッと「ああそういこと」と呟いた。

「いいんじゃない別に。あの二人も楽しそうだったし」
「ほんと?空回りしてなかった?お前いい加減空気読めよ帰れよみたいな事になってなかった?」
「なってない」
「良かったッ……!」

胸を撫で下ろして残りのジュースを飲み干した。
足立くんのも空になっていて近くのゴミ箱にカップを捨てた。
いっちゃんと伊藤くんは上手く移動できただろうか。いい場所を見つけられたかな。会話は続いているかな。手とか、繋いでいるかな。
真っ赤になった二人がぎこちなく甘い空間を過ごしているのを思い浮かべて、口元がだらしなく緩んでしまった。

「まだ何か食べる?」
「ううん、お腹いっぱい」
「そう」
「ねえ私たちも花火見てく?せっかくだし」

足立くんが変な顔をした。何だろう。もしかして嫌だ?無理すぎるとか?お互いにしばらく無言のまま見合って、小さなため息と共に彼の視線が落ちていった。何か気を悪くするような事を言ってしまったろうか。

「……っとにむずい……」
「え?ごめんなんて?」

よく聞き取れなくて聞き返したけど言い直してはもらえなかった。
眼鏡のフレームの眉間の部分を指で押し上げて、足立くんがもう一度私を見た。何故かびくりと身構えてしまった。


「あれっ?足立じゃね?」
「うそマジ?」

張り詰めたような空気が一気に取り払われた。
後ろを振り向くと年の変わらなさそうな男子が数人いて、足立くんに向かって片手を上げていた。そして私を見てギョッと固まった。

「かっ……かの……」
「違うから」

ぴしゃりと言い放った足立くんが「中学のときの同級生」と小さく教えてくれた。
久しぶり、音駒行ってんだっけ、元気だったかと明るいやり取りがなされる中、ちらちらと視線が向けられるのが落ち着かなくて「私少し休んでるね」と少し奥にあるベンチを指さした。

「いや、今は──」
「せっかく久々に会った友だちでしょ?ちょっと座って涼んでるだけだからゆっくり話しなよ」

私は大丈夫、どうぞどうぞ!と両手で足立くんを差し出す素振りで輪を抜けた。こういうのは仲の良い人同士の方が思い出話に花を咲かせたりできるってものだ。

打ち上げ花火を控えたこんな時間帯に、大きな木ばかりで影になったこの場所に座る人なんて誰もいなかった。赤や橙色の装飾をぼんやりと遠巻きに眺めながらひと息ついた。
思っていた以上に遊び尽くしてしまった。歩き回ったせいで疲れの溜まった足をぶらぶらと揺らす。明日から金欠だなぁ。

背もたれに体重を預けて頭をだらりと後ろに垂らした。優しい風が肌の上を滑っていく。このまま眠ってしまいたいような気持ちになった。


「なにしてんのー?こんなところで」

突然男の人の声がしてバッと頭を起こす。
気づいたら知らない人が二人、私を覗き込むようにしてすぐそばに立っていた。

「疲れちゃった?一人?」

頭の中が真っ白になった。にこにこと笑いながら「大丈夫?」と一人が隣に座ってくる。心臓をバクバクさせながら距離をとり、必死に言葉を紡いだ。

「と、友だち待ってるんで……」
「あそうなんだ、なら友だちも一緒に遊ばない?」
「いや……大丈夫です、あの、すみません」

さっきまで確認できていた足立くんの姿は、ちょうど今数人が固まってしまっているせいでここからでは確認できない。急いで席を立ったら挟まれるようにして隣を歩かれてしまった。

「何か奢るよ。甘いもの好き?」
「いやほんと、その……ごめんなさい」
「待って待って、一緒に花火見ようよ。いい場所知ってるよ?」

多分、大声を出せばきっと足立くんは駆け寄ってきてくれる。わかっているのに怖さの方が勝ってしまってひたすら巻こうとすることしかできなかった。お願いだから早くどこかへ行ってほしい。足を速めてもぴったりとくっついてくる二人がどうしようもなく恐ろしかった。
誰か、と顔を上げた時だ。

屋台の通りの方から近づいてくる大きな人影が見えた。

「名字さんっ」
「は、灰羽く……」


ホッとして力が抜けてしまった。伸ばした手を灰羽くんはすぐにグイッと引っ張って私を背中に隠してくれた。

「嫌がってますよね?やめてもらえませんか?」

初めて聞く低い声だった。背の高い灰羽くんの圧に彼らがたじろいでいるのが空気で伝わる。
良かった。もう大丈夫だ。大きな背中の後ろで震える呼吸を整えていると舌打ちが聞こえた。


「構ってやろうとしたのになんだよ、勘違いしてんじゃねえぞこのブス!」


「んっのやろ……」と向かっていこうとする灰羽くんのシャツの裾を慌てて掴んだ。大丈夫、大丈夫だから。そう言っているうちに二人は賑わいの中へと紛れて見えなくなった。
強く握ったせいでシワができてしまった。そっと撫でたけど消えそうもなかった。


「……怪我ないですか」

静かな声が耳に届く。頷いたところで灰羽くんの心配そうな顔は変わらない。へらりと笑って彼を見上げた。

「なんかごめんね、巻き込んじゃって。友だちと見に来てた?せっかくのお祭りなのに悪いことしちゃったね。いやぁでも助かっ───」
「何で謝るんですか」


大きな目がじっと私を見下ろしている。
怒りの色が滲んで見えた。


「名字さん絶対悪くないだろ」


芯の通った声で言われてしまえば、灰羽くんの姿がどんどん曇って歪んでいく。待って待って嫌だ。絶対嫌だ。思いきり唇を噛んだら灰羽くんがしゃがみこんでこちらを見上げた。大きな手が私の両腕を力強く掴んだ。


「かわいいよ。名字さんはすげぇかわいい。誰よりも、一番かわいい」


溜まっていた涙がぼろぼろっと落ちていく。
灰羽くんの優しい腕が首に回されたかと思えば、ぎゅうっと抱き寄せられた。私はそのまま顔を埋め、静かに彼の肩を濡らした。

最悪の中で一人、君だけが輝いて見えた


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