車の振動に高耶さんが目を覚ます気配がする。 「起きましたか」 体育で疲れたのだろうか。 声をかけてもまだウトウトとしているようだ。 「んー……なんか夢みた…」 「夢?どんな」 「忘れたー…」 ふあぁっとあくびが聞こえる。 高耶さんはまたコテンと頭を横にしてしまった。 フロントガラスには夕焼けに照らされた町並みが次々と写っては通り過ぎる。高耶さんが眩しそうに手で影を作った。 「もうすぐスーパーつきますよ」 「スーパー?…あぁそっか、冷蔵庫カラだったっけ」 昨日自分が言ったことを思い出したのか、納得したように頷く。 「そういえば、あなたにそろそろ夏用の布団買わないといけないな」 いつまでもあの厚い毛布はキツいだろう。 「そーか?別にあれでも平気だけど」 「いっそタブルベッドでも買いますか」 「買ったら二度と家行かねえ」 「ごめんなさい嘘です」 情けない声を出す俺を高耶さんがクスクスと笑う。 本当に買ってきてしまおうか。 スーパーに着いたところで速度を落とし駐車場に車を停車する。 二人で買い物するのは久しぶりだ。 高耶さんが値段を吟味しながら必要な物だけを選んで俺の持つカゴに入れる。 牛乳の賞味期限と睨めっこする姿は本物の主婦だ。 「な、家に豚肉あったっけ」 「…あったような無いような」 「あんた冷蔵庫見てないだろ…。とりあえず一パック買っとくか」 現役男子高校生とは思えない真剣な豚肉選びだ。結局迷って一番安い豚コマをカゴに入れる。 「うし!今日は豚キムチ炒飯…」 「あら直江!?」 突然の第三者の声に二人して驚く。 バッと振り返ると、そこには口に手をあてた綾子が立っていた。 「久しぶり〜!こんな所で会うなんて偶然ね」 「…ああそうだな」 「まぁ冷たいっ」 後ろをチラっと見ると、案の定高耶さんが口をパクパクとさせていた。 無理もない。彼が綾子を俺の彼女だと勘違いしたのは記憶に新しい。そう考えると今の状況に少し笑えた。 「あー…と、高耶さん。彼女は門脇綾子です。従兄妹の」 前にも言いましたよね、と言うともの凄く気まずそうな顔をされる。 だがすぐにペコっと頭を下げて挨拶をした。 「…ちわ。仰木です」 「初めまして。綾子よ」 綾子がニヤニヤしながら「へー」やら「ふーん」やら呟いている。 …こいつ完全に気づいてるな。 そういえば前飲みにいった時、酔いと焦りで高耶さんのこと色々口走ってしまった気がする。 「しかしやるわね直江ー」 綾子が肘で俺の腕をつつく。 かなり鬱陶しいテンションだ。 「二人で買い物なんてしちゃって、もうどこの新婚さんかと思ったわよ〜」 「まだ結婚してない」 「一生しねえよ!」 変なこと言ってんじゃねえ!と後ろから背中を殴られる。 地味に痛い。 「あらあらまぁまぁ!お邪魔しちゃ悪いわね」 「い、いや…そんなことはねえっすけど…」 「馬に蹴られる前に退散するとしますか!今度三人でゆっくりお話しましょう」 それだけ言うと綾子は颯爽と立ち去ってしまった。 二人で呆然と後ろ姿を見送る。 後ろにいる高耶さんが嫌に静かなのが怖い。 「…あの人になんか言ったろ」 高耶さんの地を這うような低音に、俺は返答することができなかった。 next |