5000打!

この距離を縮めて

初めて彼を見た時、どことなく掴めない人だと直感的に思った。
そしてその思いは今も尚、心に燻っている。


***


「金城、呼んでるよ」
「ん、ありがとう苗字」


どういたしまして、という意味を込めてひらひらと右手を振る。そんな様子を見てクスリと笑みを浮かべた白子は自分を呼んだと言った彼、曇天火の元へ歩む。大方、また忘れ物でもしたのだろう。内心呆れながら天火に用件を聞くと予想していた通り数学の教科書を貸してほしいとのことだった。


「はぁ、だと思ったよ。いい加減自分で持ってくる努力をして、天火」
「いやぁ、返す言葉もねえな!」
「開き直らないでよ」


あからさまなため息を吐きながらも今一度自分の席に戻り数学の教科書を取り出す。使うのは構わないけど、答えは書き込まないでね。と言いながら手渡す。ほんと助かった!ありがとな!と言いながら駆け出す天火。その後ろ姿を見て再びため息を吐きながら席に戻った。
ふと視線を感じたためゆるりと瞳を動かすと如何にも可笑しなものを見た、といったような顔で苗字が笑っていた。


「なに笑ってるの?」
「んー、金城はあれだよね。曇と話してる時はすごい分かりやすい」
「……はァ?」
「……すごい嫌そうな顔してるね」


当たり前、と答えそうになって何か少し違和感を感じた。
なんで彼女はそう思ったのだろう。
それは純粋な興味。そしてそれは、彼女を好きになるきっかけであった。


この日を境に俺は苗字名前という人物を観察するのが日課になった。


***


なんだか近頃、やけに視線を感じる。気のせいかとも思ったけれど、元々人の気配などに敏い自分が間違える筈もない。ならば一体誰が?なんのために?最近はもっぱらこのことで頭がいっぱいになっていた。別に気味が悪いとは思わなかったから気にしているようには振る舞っていないけど、誰が、というのが気になる。


「んー………」
「どうかしたの名前?最近上の空よ?」
「きーちゃん……あたしそんなにぼーっとしてるかなぁ?」
「貴方はいつも周りを見てるからね。そんなに長い時間ぼんやりしてるのなんて初めて見たわ」


何か悩み事でもあるの?と言いながらゆっくりと私の前の席に腰を下ろす。多分少し前から妃子は気づいていたのだろう。私が何かに悩んでいたことに。まあ悩み事ではないのだけれど。


「………誰にも言わない?」
「言わないわよ、失礼ね」
「……最近、なんか、ね」


もごもごと口の中で言葉を転がす。確証が持てない為に他人に話すと言うのが憚られる。妃子なら大丈夫だと思っていても、だ。


「……はっきりしないわね、本当に貴方らしくないわよ?」


先刻よりも深刻そうな顔をされてしまっては降参するしかなかった。


「…へぇ、視線を感じる、ねぇ……」
「別に気味が悪いとか、そういう感じじゃないんだよ?なんか監視……に近い、強いて言うのなら観察?」


難しい顔をして黙り込んでしまった妃子を見て、やはり話さない方がよかったのでは、という思いが首を擡げる。慌てて弁明したが友達思いの妃子のことだ、如何にかしてこの視線の犯人を見つけようとするだろう。


「……まあ、事情は分かったわ。もし何かあったらまた教えて。必ず力になるから」
「う、うん!ありがとうきーちゃん!」


思いがけずあまり深入りする気のない妃子を見て内心胸を撫で下ろしたのであった。



***



「ねえ、少しいいかしら?」
「……いいけど、ここじゃあ話せないこと?」
「そうね、出来れば人がいないところがいいわ」
「………分かった、行こう」


大方、こいつが言いたいことは検討がついている。有無を言わさない雰囲気の佐々木の後をのんびりとした歩調で歩いていく。


「どういうつもりなの、金城」


ほら、やっぱり。



***



「ねえ苗字、この後時間ある?」
「この後……?別に平気だよ」
「よかった、少し話したいことがあるんだ」


そう言ってニコリ、と笑う金城。
なんだか、胸がざわつくような笑顔。貼り付けた、作っている。そういう類の笑顔。この顔を見るたびに私、は、


無性に、悲しく、哀しく、なる。
なんでかは分からないけど。


(なんでなんだろうなぁ)



***



「まずは、一つ。謝らないといけないんだけどね、


苗字が感じてた視線っていうの。あれ多分俺。」
「はッ………!?!!?えッ、嘘ッ!!」
「ほんと、、もしこのことで悩んでたら謝んないとなーって思ってさ」
「…………あんた、だったのね」


一気に肩の力が抜けたような気がした。
でも、


「なんで?」
「あーーーーー、やっぱそれ聞くよね?」
「うん、気になる」


どうしてそんなに見てたの、って。


「………興味が、湧いたんだよ」
「はァ?」
「前にさ、俺と天火のやりとりのこと可笑しそうに見てたでしょ?それがきっかけ」
「!!………あの、時」
「覚えてた?」
「……うん、」


どことなく気まずい空気が流れて金城と目を合わすことが出来ない。なんなんだ。


「その時から、ずっと苗字のことみてた。最初は本当にそれだけだったんだ」
「……………うん」
「でも、多分、今は違う」
「………うん……えッ?」
「……好き、なんだよ、名前のことが」
「す、す、す………!?!!?だ、誰が、誰を!?!!?」
「俺が、、名前のことを」
「!!!!」


なんだか頭がついてこない。キャパオーバーだ、こんなの。ただ、顔に熱が集まってきてることだけは理解した。だって、熱い。
それに、私だって、本当は、


「好き」


自分が何を口走ったか、分からなかった。目の前にいる金城の顔が私みたいに赤くなって初めて自分は何を言ったのだろう、と思った。そして、それを自覚した途端


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
「あ、ちょ!名前!?」


逃げんな!って声と追いかけてくる金城の足音を背中で聞きながら廊下を全力疾走する。逃げ切らなければ。今あいつと顔を合わせたら恥ずかしくて死んでしまう。


「ッ捕まえた!」
「いやッ!離してッ!」
「離すもんか、だって、これ、両想いだろ!?」
「ッ、」


ぐい、と捕まれた腕を引かれてきちんと向き合わされた。真剣な表情で私を射抜くような瞳をしている金城は今まで見てきたどの顔よりも素敵で。俯いてしまう。でもそれすら許されないで顎に手を置かれ無理やり視線を合わされた。思わず、目尻から一粒だけ雫が溢れた。


「ッ……意地悪」
「知ってる」
「………私、最初は金城のこと、すごい気に食わなかった」
「えッ………」
「だって、何考えてるか分かんないんだもん!無理やり自分のこと隠して笑ってるようにしか見えなかった!」


ボロボロと自分の思いが溢れて、止まらない。それに比例するように雫がボロボロと流れ落ちていく。


「だから!あんたは!どんな風に笑うか気になっただけなの!なのに……!!」


好きになってた、なんて!!!!!



「名前にだったら、なんでも見せてあげる」
「…………!!」
「俺の笑顔も、全部。あんたが見たいって思ったやつ、見せてやるよ」


まあ俺の体裁に関わることは無理だけどな、そう言って子供がイタズラが成功したみたいにキラキラの笑顔で笑って、


「だから、俺と付き合ってください」



断れる訳がなかった。
だって、大好きなんだから。





この距離を縮めて





ようやく、混じり気のない純粋な笑顔が見えた。


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