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俺だけの花

君は俺にとって、花のような存在だった。









「睦月!また女の人の処に泊まってたの!?」
「あー、なんでそれを知ってるの?」
「犲んとこの隊長さんがわざわざ、わざわざ家まで伝えに来てくれたの!!」
「あの人も余計な事を…」


全く睦月ってば、そう言いながら毎回迎えに来てくれる名前。
俺が器候補であることを知っているのに、俺の隣を歩いてくれるお人好し。


(それでも、)


この優しさに、俺はいつも救われている。


「…?どうかしたの名前」
「っ、あ、ううん、なんでもない」


明らかに震えている身体に少し青ざめた表情(かお)。
なんでもない訳がない、


「…そう、まぁあまり無理はしないようにね」


少し調べてみましょうか。





***





また、だ。
歩いていると感じる視線。


「どうかしたの名前」


ああ、睦月。
あなたに縋れたら。
どれほど楽になるだろう。
でも、


「ううん、なんでもない」


臆病な私は下手な笑顔を作って、嘘を吐くことしか出来ないの。
貴方の重荷になりたくなくて。


「…そう、まぁあまり無理はしないようにね」


言いながら頭を撫でてくれる睦月に泣きそうになった。




この手だけは、失いたくないの。









「ねえどうして名前?君は僕のだろう?どうして他の男となんか話しているの?」
「っわ、わたし、はあなたなんて知りません…!」
「あぁ、照れているんだね、全く。仕方がないなぁ」


誰だ、誰なんだこの気味が悪い人は。
初めて見た。
多分この人が連日の視線の犯人だろう。


「な、なんなんですか、あなた。これ以上付き纏わないでください…!」
「ふふっ、酷いなぁ…。こんなにも僕は君のことを愛しているのに」


(き、気持ち悪っ!)


ゾゾゾ、と鳥肌が立った感覚に耐えていると、急に腕を掴まれてまた更に鳥肌が立った。


「ひっ、!」
「ほら、僕と一緒に行くよ?」


やめて、と声が出ない。
喉に突っかかってるみたい。
……怖い。
助けてほしい。




睦月。









***









『俺は!大っきくなったら!みんなを守れるような強い奴になりたい!』
『うん!睦月ならなれるよ!』
『そしたら、名前のこと、ずっと守ってやれる!』
『!!!』
『へへっ!ずっと一緒だからな!』
『、うん、うん…。ありがとう睦月』
『だからさ、お前が助けを呼んだ時は−−−−−』









***









「助けて、睦月……!」
「…遅いんだよ、名前」


フワリ、と後ろから抱き締められた感触。
この腕を、私は、知っている。


「全く…、泣くぐらいなら最初から助けを求めてよ」
「え、え、睦月?なんで、」
「…約束」


この一言だけで心がとても満たされた。
睦月は覚えていてくれた、あの時の約束を。


ああ、やっぱり私、


「そんな訳なんで、もうこの子に付き纏うの、止めてもらってよろしいでしょうかね」


ニコリ、と効果音が付きそうなくらい余所行きな笑顔で言った睦月。


「はは、そんなことはないさ。彼女はただ照れているだけ。それに、」


ニヤリ、と口元が歪んだ顔を見て背中に冷たい汗が流れた気がした。




「器候補の君がこの子の側に居ること自体、危険だろう?」









***









頭をガツンと殴られたかと思った。
俺がずっと不安に思っていたことをこいつは言ったのか、…名前の前で。


「っ、」


腕が、震える。
いや、身体が、震える。
ダメだ、取り乱してはいけない。
でも意思に反してどんどん震えは酷くなっていく気がした。
少しずつ視界が狭くなる。


「だから、名前は僕の側に居た方が良いんだよ」


勝ち誇ったような笑みを浮かべたこの男を、心底憎いと思った。




「……けないで」


突然腕を掴まれて何事かと名前を見ると、見たことないような顔で男を睨みつけていた。


「ふざけないで!あなたが睦月の何を知ってる訳!?何も知らないのに勝手なこと言うな!!」
「名前……?!」
「私の前で睦月のことを悪く言わないで!!」
「ちょ、ちょっと名前?何を言ってるの?君は脅されてその"化け物"と一緒に居るんでしょう?」


男の口から出た"化け物"という言葉に胸が軋む。
やっぱり俺は、


「睦月は睦月だよ…!!私にとってそれは昔から変わらない!帰って、今すぐ私の前から消えて…!!」
「なっ、…なに、を「おいおい。こーんな処で何やってんだよ」!?」
「あ、比良裏さん…。丁度よかった、この男連行してくれませんか?」
「あ……?なんだよ、穏やかじゃねーなぁ…」
まぁいいぜ、此奴には俺も用があったからな、そう言って何か奇声を発している男を連れて行った。


「睦月」
「っ、なーに、名前」
「もう大丈夫だよ、ありがとね」


腕の中からするりと抜けだして俺と対峙した名前。
その顔には少しだけ切なさが滲んでいる気がした。


「ねえ、睦月」


俺の瞳を射抜くように真っ直ぐ見る彼女から目を逸らせなかった。


「……あのさ、名前」


それでも耐えきれなくなって先に目を逸らしたのは俺、で。
……きちんと、言わないと、


「もう、「近づくな、って言いたいんでしょう?」っ…!」
「…あはは、図星、だね」
「……………」
「……嫌だよ」


聞き逃してしまう程の小さな声だった。
そっと彼女を盗み見るとその頬は涙で濡れていて衝動的に、今すぐ抱き締めたいと思った。


「約束……破るつもりなの?」
「別に私は何を言われようと何をされようと睦月から離れることなんてしない」
「一緒にいたいの、睦月のことが好きだから」


「ははっ…、本当に敵わないなぁ、名前には」


なんでいつも俺が欲しいと思った言葉をくれるんだろう。


「そうだね、名前が助けを呼んだら俺が一番早く助けに行けるように近くにいなきゃ、だね」
「睦月………っ!!」
「うわっ!?」


勢いよく俺の胸に飛び込んできた名前。
ぎゅっ、としがみついてくる彼女を優しく抱き締めながら願った。


(どうか、)


彼女が此れから先も俺の隣にいますように、と。




俺だけの花




「芦屋ー。名前ちゃん来てっぞ!」
「ああ、はい。今行きます」


「なーんか芦屋の奴、おかしくねぇ?」
「ああ、名前ちゃんと付き合うことになった、って聞いたわよ」
「は!?まじで!?あの芦屋が…!」
「…よかったわ、あの二人が結ばれて」
「…ああ、そうだな」


二人の後ろ姿を穏やかな表情(かお)をした佐々木妃子と曇天火が見守っていた。


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