優しく積もる淡い恋


及川徹くんは見た目はとてもチャラいように見えるが、すごい努力家でストイックな人だと思っている。部活を引退した後もよく体育館へ行く姿を見かけたことがあるし毎朝走り込んでいる、という話を耳にした。かと言って、私の日常に何の影響もないのだけれど。

「苗字、この問題教えてくんねーか?」
「いいよ、どれ?」
「これなんだけどよ……」

声をかけられふっ、と意識を戻した。あぁ、この問題は、

「この公式を利用してね……」
「あっ!岩ちゃーん!ここに居たのー?及川さん探したんだよー!」

突然の大声にびくりと肩が揺れた。

「うるせえ及川!」
「っ、二人ともうるさい!」

バン!と机を叩いて抗議すると目の前に座っていた友人、岩泉は悪ィ、と言いながら居心地悪そうに目を逸らし、教室に入ってきた彼、及川徹くんは驚いたようにパチリ、と目を瞬かせていた。

「へぇ……、岩ちゃんに女の子の友達なんていたんだね。及川さんびっくり!」
「うるせえぞクソ川!」
「っ……だから…!」
「あ、あぁ、悪ィ……、つか及川は何しに来たんだよ」
「えー、久しぶりに一緒に帰ろうかと思ったんだよ。けど……」

ちら、と私を見たから思わず身体がこわばった。及川くんの視線がどこか厳しいように感じたせいだ。絶対そうだ。

「な、なんですか、及川くん」
「いや、邪魔しちゃったかと思って。……つか俺の名前、」

知ってたんだ、と少し顔をほころばせた及川くん。ヘラヘラした顔じゃなくて心からの笑顔のように見えてそっと目を逸らした。心なしか頬が熱い気がする。

「バレー部の主将でしたから。有名人じゃないですか」

気恥ずかしさを吐き捨てるように早口で言うと岩泉に向き合った。岩泉といえば少し意外そうな顔をしながら及川くんの方を見ていた。そんな岩泉の様子に内心首を傾げながらも岩泉、と呼べば弾かれたようにこっちを見た。ぶっちゃけ今のは怖かったです。

「どうする?まだやるなら教えるけど」
「あー、悪い。今日はもう帰るな」
「分かった。なら私も帰るね」
「なら三人で一緒に帰ろうよ!」
「えっ」
「いいじゃん!俺もっと名前ちゃんと話したいし」
「……オイ、及川、お前……」
「ね、いいでしょ?岩ちゃん」
「……俺は別に構わねーけどよ。苗字は大丈夫か?」
「あ、うん。平気」

別に断る理由も見つからなかった。だからこの日は結局三人で帰ることになったのだ。
そしてそれ以来及川くんは私を見かければ話かけてくれるようになったし、時間が合えば一緒に帰ることもあった。及川くんと話せば話すほどに彼はお調子者なんだなぁ、と思うことが増えた。けれど、やっぱり根はすごい努力家なんだ、と強く思った。彼がバレーの話をしている時、その顔はとてもイキイキしているし、何よりもバレーを大事にしているのが伝わってくるから。
この日も及川くんと帰っていた。

「及川くんは、大学でもバレーを続けるんでしょう?」
「もっちろん!このままじゃ終われないからね」
「……いつか、」
「うん?どうしたの名前ちゃん」
「いつか、及川くんがバレーしてるところ、見てみたいなぁ」
「えっ!?」
「きっと、キラキラしててカッコいいんだろうなぁ……」
「ちょ、ちょっと!?名前ちゃん!?」

顔を真っ赤にした及川くんが突然名前ちゃん落ち着いて!?なんて言うから思わず及川くんが落ち着いてください、と返してしまった。あー、とかうー、とか言いながら大きな手で赤い顔を隠してしまった彼は意を決したように息を吸い込むとちょっと話したいことがある、と言うのでおとなしく彼の後に着いて行った。
及川くんの後に着いて行くと辿り着いたのは小さな公園だった。

「ここはね、昔、俺と岩ちゃんがバレーの練習をしてた場所なんだ」
「へぇ、ここで練習してたんだね……」

幼い頃、二人が練習していた公園。そんな大事な場所に私を連れてきてよかったのだろうか、と不安に思い隣にいる及川くんをそろりと見上げた。

「ふふ、君は特別。……君ならいいかなって、思ったんだ」
「そ、そうですか……っ!」

なんでそんな穏やかそうな表情で言うんだろう。すごい心臓に悪い。でも、

「なんで、私ならいいって思ってくれたの?」
「……君が、ちゃんと人の内面を見てくれるって分かったから、かな」

ぼんやりと前を見ている及川くんはどこかいつもと違う雰囲気だった。

「及川、くん?」
「ねえ名前ちゃん、俺さ、君のこと好きだよ」
「はい?」
「だーかーらー、君のことが好きだって言ったの」

まるで悪戯が成功したような顔をして、そんなことを言うなんて。

「ムードも何もあったものじゃないですね」
「その割に名前ちゃんの顔真っ赤だよ」
「う、うるさいです!気のせいです!」

及川くんから顔を背けようとしたのに横から伸びてきて手に顔を固定されてしまった。至近距離で及川くんと目が合って、でも先刻と違ってすごい真剣な顔をしてて、私は動けなくなってしまった。

「ねえ、返事、聞かせて」
「……私、は」
「……なーんてね。ごめん、今じゃなくていいよ」

スル、と手が顔から離れていく。熱が、離れていく。

「及川くん」
「なあに、名前ちゃん」
「正直な話、及川くんのことが好きかは分かりません」
「……うん、分かってたことだよ。ありがと、ちゃんと返事をくれて」
「及川くん、人の話は最後まで聞くものです」
「え、」
「でも、私、及川くんと話すことは楽しいし及川くんが笑っていると嬉しくなります。これからも及川くんの隣を歩いたりしたいって思います。これって、」

これって、恋ですか?

「……うん、そうだよ。及川さんに恋してるんだよ、名前ちゃんは」
「偉そうに言わないでください!」
「……あー、なんて言えばいいんだろ」
「な、なんですか!?どうしたんですか!?」

緩みきった顔をした及川くんが突然抱き締めてきて思わず叫んでしまった。大声にびっくりしたのか、少しだけ肩が動いたけれど抱き締めている腕の力が緩むことはなかった。おずおずと抱き締め返すと更に腕に力がこもった。

「俺のこと、好きになってくれてありがとう」

俺を見てくれて、ありがとう

「…ふふ、どういたしまして、徹くん」



優しく積もる淡い恋



ああ、また君のことを好きになる。

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