回り始めた運命の輪


曇天火、という名前は聞いたことがあった。
この滋賀を救った英雄、として。
一時期は処刑されたなんだと言われていたが、結局あれはなくなったらしい。




ぶっちゃけて言えばそんな英雄とは関わる機会なんてないだろうと思っていたのだ。
つい、先刻までは。









□ ■ □









「なぁおい、あんた。」



「……あ、はい。なんでしょう?」





店先に車椅子に乗った人が来ていた。
生憎お昼時は過ぎていたので手は空いていた。





「ここにこんな奴来なかったか?」





そう言って見せられた絵は、





「鷹峯さん?」



「え、こいつのこと知ってる?」



「はい。鷹峯さんはここの常連さんなので。今日も先刻までここにおりました。」



「まじかよ……。」





少し呆然としていたようだがすぐにありがとな!と言って何処かへ行ってしまった。





(太陽みたいな人、だったなぁ)



笑顔がすごく素敵な人だった。





「ねぇ名前ちゃん!あなた天火くんと知り合いだったの?」



「え、天火って曇天火さんの事ですよね?知り合いな訳、」



「でも、先刻お話していたでしょう?」



「………え?」





先刻は、車椅子に乗った人としか、話していないはずだ。
…………まさか、





「天火くんよ、あれ。」





英雄とお話していたよ私!









□ ■ □









あの後も何度か天火さんはお店に来てくださっていた。
最近ではご飯を食べに来る事も増えて、前よりも親しくなれてきた気がする。
………多分だけど。



その日も天火さんはご飯を食べに来てくれていて、少しお話をした。
天火さんは用事があるとかで帰って、私も時間になったから帰宅している最中だった。



………どうして囲まれているの、私。





「お前、曇の長男と仲が良いらしいな。」





そう言いながらすらり、抜いた刀。





「あいつへの手土産にぴったりだ。」



「お前の首を持って行けば、」



「あいつの、曇天火の絶望に染まった顔が見れるだろうなあ。」



「お前に何も恨みはないが、」



「憎むなら、あいつを恨め。」





そう言って降り下ろされた刀。
瞬間、眼を瞑り、瞼の裏に太陽の笑顔が見えた。





(天火さん──────っ)










痛みを予想していても何もなくて、恐る恐る眼を開けたら、そこには、





「天、火さん。」



「悪ぃな、俺のせいで、巻き込んじまった。」





すごく焦っていたのだろう、額には汗が滲んでいた。





「あ、あの、これは天火さんが、やったんですか?」





先刻まで私を囲んでいた人たちはみな、地面に倒れていた。





「……ああ、そうだ。」





天火さんの言葉に驚きながらも安心したからか、急に立っていられなくなった。





「!?おい大丈夫か!?怪我してたのか!?」



「だ、大丈夫です……。安心したら腰が抜けました。」





少し俯いてそう答えた。
だって、そうしないと───泣いてしまう。





「……名前。」





名前を呼ばれてなんですか、と答えようとした、ら。





「ごめんな、俺のせいで。……よく、頑張った。」





頭を撫でられた。
その手がとても温かくて、優しくて、





「………あ、りがとう、ございます。」





やっぱり少しだけ泣いてしまった。










天火さんに頭を撫でてもらっているけれど、落ち着いたらこれすごく恥ずかしい。



(ど、どうしようか)





「……よし、落ち着いたか?そろそろ帰らねーとな!」





ニカ、と笑う天火さん。
その表情(かお)に胸がドクリ、とざわついた。



なんで、天火さんの笑顔は、初めて見た訳じゃないのに。



どうして、こんなに、世界が天火さんを中心に輝いて見えるの。







回り始めた運命の輪




ゆっくり、そして確実に。
歯車は回り出す。
本人さえ、その気持ちに気づかぬまま。







お題提供先: 蝶の籠

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