▼ ほろ苦さも伴いながら
放課後、部活に行く前に少し結果報告と小湊くんが私に話しかけてきた。
小湊くんは桜色の綺麗な髪をしていて私は男の子というよりも女の子みたいだといつも思っていた。かわいいと前に言ったら、地獄の果てまで追いかけられてあの世に連れていかれそうになったのを純くんが庇ってくれて、二人まとめて鉄拳制裁を喰らったことを思い出す。女子だから軽かったけど、純くんは涙目で私にもう余計なこと言うな!と怒られたんだ。
思い出としては懐かしいけど、ちょっとまだ彼が怖い。
「純くん、それで何て言ったの?」
「嫌いじゃないって。まあ、個人的には純自身の問題が解決してないように見えるよ。」
「問題?」
脈ありかもしれないとハッキリ言ってくれたら嬉しかったんだけど、期待した答えをくれるわけじゃない。純は、声が大きく周りを引っ張っていくことが出来る奴だけど、時々ナイーブなところがあると小湊くんは話してくれた。今回はそれが顕著だったとも。
「まあ、俺が発破かけすぎた影響もあるかもしれないけれど。ただ、悲しい顔してたのは気になるけど…」
「それは、小湊くんが追い詰めるからじゃ…」
笑いながら私はわりと本当のことを言ったつもりだったけど、小湊くんはお馴染みのにこりと擬音の出そうな笑顔を貼り付けていることに気がつき、あの時の恐怖を思いだし戦慄した。
 ̄¨
悲しい顔か…どうしてそんな気持ちに?分かんないな。今までいい経験がないとか?こっぴどくフラれたり、苦い初恋してたり、もしかして皆に言ってないだけで誰かと付き合ってたり?
あ…純くんの初恋っていつなんだろう。
体育の授業前、男女別れた着替えのなかで彼のことを考えていた。少女漫画好きなのは知ってたけど、誰かと付き合ったとかは聞いたことなかった。
バレーボールが飛び交うなか、私は得点をつけていた。元気な声だして、頑張っている純くんをつい目で追いかけてしまう。
「がんばれー!」
「まえまえ!」
「松井!馬鹿出過ぎ!!」
今日も、純くんは私を避けていて視線すら合わそうとしてくれない。小湊君からの結果報告はありがたかったし、少しでも可能性があるのかもしれないと少し浮かれてしまった。でも、私はフラれてる。追いかけ続けるのもいつかは諦めなきゃいけないのに、踏ん切りがつかないんだ。
「馬鹿!!」
気づくと純くんが目の前に来ていた。
「いた…何これ?」
額がヒリヒリする。横に転がるボールを見て顔面に当たったと気づいた。クラスの皆が集まって来て、視線が集まるのが恥ずかしい。呆けている私の手を引っ張り、純くんはそのまま先生の元へ歩を進めた。
「悪い、本当に!保健室行くぞ。」
「別に良いのに。」
先生の許可だけすぐにとり、一人で行けるし気にしなくて良いと言うのに、純くんは手を離さなかった。授業中で、廊下に人がいないとはいえ…こういうとこは変わらないでいてくれるんだ。
「顔に当たったんだぞ。傷でも残ったらどうすんだよ。」
「その時はその時?…私、純くんに避けられてるのかと思ってたのにいいの?今日は。」
「緊急事態だろ。」
何で、さっき当たる瞬間に純くんは目の前に来てたんだろ。私がボーッとしてたの気づいてくれてたのかな。
彼の背中が頼もしくて引っ張る腕が強引で、告白前に戻ったみたいだ。純くんはいつもそうだ。
ぶっきらぼうで、うるさくて、優しい。
 ̄¨
保健の先生の元へ行くと、事情説明だけして純くんは授業に戻っていった。
優しさに甘えて、この人のそばにいたくてそれだけだった。純くんの気持ちとかどう思ってたのか額面上だけしか受け取っていなかった。フラれて避けられて、嫌いになられたのかとも思ったけど、そうじゃない。見てくれてたんだよ、そうじゃなかったんだよ。
本当に私は…なにも考えてないことなら天下一品な気がする。今思い返せばだけど。
フラれる前は、野球部の応援に行っていたし、そこらのファンよりも部員からは奇異の目で見られていた。笑っちゃうくらい、応援してた。大声で。
『純くーん!打てー!!がんばれー!』
『うるせぇ!!!!』
彼のフルスイングが本当に気持ちがいい。白球がネットに飛んでいくのを目で追いかけ、彼はどんな顔してるのかなと後ろ姿をよく見てた。
『流石、伊佐敷純だ。青道のスピッツは伊達じゃない。見てましたか、流石ですよね!分かります。あ、また、打ってる。純くーん!!あ、太田先生見てましたか!やっぱり違いますよね!よろしくお願いしますよ』
『浦井、気持ちは分かった。ありがとう。はい、帰るぞ〜帰宅しろ〜。』
『え、まだあとちょっと!先生、お願い!!』
『…伊佐敷と一緒で黙っていられないだろ。』
『…すみません。』
こういう時、いつも以上に彼は私のことを無視するんだ。最後目が合うと鬼の形相で、眉間に皺が残りそうなくらいだったけどそれも含めて好きだなと思った。あ…口を大きくぱくぱくさせてる。あれは、帰れと言っているな…
名残惜しさはあるけれど、先生が出てくるとどうにもならない。私は素直に引き上げた。
『本当に伊佐敷の嫁だよな。』
『毎日、ド直球。最早恥ずかしさの欠片もない。』
『太田部長の回収スピードが早くなってる気がする。』
『『『『(さっさと付き合えばいいのに)』』』』
そんなこと話してたことなんて一ミリも知らなくて、小湊くんに何、漫才やってるの?とか本当に邪魔でしかないとよく釘を刺されていた。
しつこいくらいの私のエールは純くんに届いていたのかな?
ヤバい奴と避けられていただけのあの頃が懐かしく、甘くて苦い思い出だ。
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