▼ プロローグ
俺の初恋は小学校の頃だった。
「キャー!」
甲高い声で女子達が逃げていく。それを退けろとか馬鹿とか散々言われて教室から出ていかれたときは、ちょっと悲しかった。姉ちゃん達だってここまで嫌がらないぞと、指先の赤くて7つの黒い点々のついたそいつを見た。
「なんでだよ、かわいいだろ?こいつ…」
「てんとう虫だ〜何処にいたの??」
のんびりとした声が聞こえて、振り返ると髪の毛をおさげに結びクラスの誰よりもちっこいあいつがいた。
「みやびじゃん!裏庭のドクダミのとこにいたんだよ。かわいいよな、こいつ。」
「うん、かわいい。」
にこにこと笑う様子を見て俺はつられて笑っていた。それに気がつき、照れて誤魔化しの言葉を考えていると、そいつはそう言えばと先に話し始めた。
「てんとう虫ってさ、天道虫って書くんだよ。知ってた?」
黒板に書く様子が背伸びしてて、字はちょっと下手くそだ。字を見てとチョークでとんとんと叩く。
「なんだそれ、知らない。」
得意気にさっきとは違う笑い方をするそいつが、気になった。たぶん、あのときがきっかけだ。
 ̄¨
冬のある日にみやびが具合が悪くなった。先生から聞かされて、それ以降学校には来なくなっていた。皆、心配していたし、千羽鶴とか色紙も書いて先生が届けにいった。クラス長とかあいつの友達はお見舞いに行っていたけど、みやびの話題をあんまり出したくなさそうにしていた。
そんなに具合が悪いのかと、俺は不安で心配になって先生にお願いしてお見舞いに行った日、病室には俺達の作ったもの達がいっぱいになっていた。ちっこいあいつは俺に気がつくとまた前みたいに純くんだ〜とにこにこと笑った。前と違うことがあるとすれば青白い顔で鼻とか手から伸びる管だ。先生は話すのが大変かもしれないから、急かしたりしないでゆっくり話すようにと言われていた。
「あ…もしかしててんとう虫連れてきてくれた?」
「んなわけ!…ねーじゃん。」
「純くんと言えば、てんとう虫なんだよ。私のなかでは。」
太陽を指して天道虫ねと指をで書く真似をする様子に元気だった頃を思い出した。そんな俺を手招きしてベッドに座らせると、見慣れた生活日誌を取り出してきた。そこには明日の予定とか時間割りを書くところで、一番下に日記を書くようになっている。ペラペラと捲る時に見えたのは日記は毎日書いてあるのに、何も書かれていない時間割りが沢山あった。こんなにもこいつは学校に来ていなかったんだ。分かっていたはずなのに、馬鹿だったんだ。形にならないと分からなかったんだ。
その時間の重みが、分からなかったんだ。
「天道虫はね、ヨーロッパ?だとね、幸運の象徴。女の人の手から飛んでった方向に運命の人がいるとか、若い女の人の手に止まると結婚するじんくす?があるんだって。」
「じんくす?」
「伝説みたいな感じ。おとぎ話みたい。いっぱいお話あるんだよ。」
「ふーん、よくわかんねぇや。」
幸運って幸せってことだろ?なら、何でみやびはこんなに苦しんでるんだ。あの時、俺達の教室を賑わせたあのてんとう虫は何なんだ。ムッとした気持ちがわいてきて、眉間にシワがよる。そんな気持ちを察したのか、みやびは困り顔になっていた。
「つまんなかった?」
「んな訳ねーよ。」
そっかと笑って、みやびは生活日誌を閉じた。撫でながら、外を見る姿になんとも言えない気持ちになって込み上げてきそうな涙を必死におさえた。
「純くん、さいご。」
「え?」
「」
たしか、てんとう虫の話題だった。
捕まえると指先みたいな高いところまで登っていき、羽を広げて飛んでいく。その様が太陽に向かって、飛んでいくようだと昔の人は言ったと教えてくれた。みやびはこの話が今まで話した中でも一番好きだったと、彼女の母親は話していた。
みやびはてんとう虫になって太陽に飛んでった。俺が太陽になれたらよかったのに。そしたら、そんな遠くまでいかなくてすんだだろ。
 ̄¨
俺は高校生になり、野球にひたすら打ち込む毎日を送っていた。みやびが生きていたらどんな高校生になっていただろうかと、ふと思い出す時がある。
「純くーん!!!」
こんな風に俺を呼んで、俺の隣を歩いてくれていただろうか。
クラスの中で、みやびと同じ名前のアイツに少し胸が痛む時がある。俺に好意を向けてくれている浦井みやびは、全く関係のない別人だ。穏やかでにこにこと笑っててんとう虫のことを教えてくれた幼いみやびと眩しいほど真っ直ぐすぎる馬鹿でてんとう虫なんて踏み潰していきそうなみやびを勝手に比較して同じ名前の子を好きになってきていることに罪悪感を感じている。
もし、告白でもされたら一生幼いみやびを影に感じながら、過ごさなきゃならないのかもしれない。
そんなの、耐えられるかよ。
辛い別れをした初恋を抱えて、今日も俺は同級生のみやびから目を逸らした。
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