▼ ぶっ飛ばせ
また試合の出来る日を楽しみにしていた。どんなに身体を動かしても、野球は一人じゃ出来ない。最低でも9人集まらなきゃ…いや仲間がいなきゃ青道の野球は出来ない。
久々のユニフォームに久々の顔ぶれ、1ヶ月前までここに一緒に居たはずなのにもうなんか違う。こんな風になるときが来るなんて思いもしなかった。早いよな。
2日前から3年でグランドに顔を出していた。聞いたところブロック予選は勝ちながらも酷い結果で、監督にボールを触らせてもらえない練習が続いていたらしい。
上級生である俺達が吹っかけた試合に驚く後輩。
「俺ら全力だからよ、気ぃ抜いたら即フルボッコだかんな!」
そうして俺達の最後の試合、引退試合が始まった。
__..
新チームは降谷が先発で俺達は先取点を順調に取っていた。
楠木、亮介と続き、打順はクリーンナップだ。
降谷の高めのストレート流石に威力がある。だけどこんなの…!
「イメージ通りだバカヤロォ!テメェのその浮ついた球、いつかブッ叩いてやりてーと思ってたのよ!!」
仲間とこんなふうに対峙することはない。背中は押しても野次らない。だけど今は違う。舐めんなよ。
二塁打のあと話しかけてきた倉持に監督の事を伝えた。その後、すぐにベンチに伝わったように見えた。動揺するのも分かる。でも、越えてけよ、そんなもん。腑抜けた覚悟じゃこの先負けたも同然だ。目を覚ませ、青道の野球を…お前たちの野球を見せてやれ。
3回表の交代で俺達が守備につく頃に気がつく。OBの人達が試合を見ている席から少し離れ、顔を隠すように深く被った帽子のあいつがいた。
「なんで…」
「俺が教えた。太田部長も皆も何も言わないよ。最後くらい、二人共気兼ねなくやりなよ。」
「余計なことすんなよ…亮介。」
俺があいつにどんなことしたかも知りもしないで、あいつの気持ち知りもしないで、みんな勝手だ。
「煩い。」
「煩いってなんだよ!」
「ちゃんと聞いてみなよ、浦井の声。迷いがないから。」
3回裏、自分の打席に立つまで浦井の顔をまともに見ることはできなかった。
なんだよ迷いがないって、態々そんな言葉を選んで言って、今更何を亮介は…浦井は伝えたいんだ。
「お願いします。」
一礼して入るバッターボックス。
「来い!!オラァー!」
いろんな声が飛び交う中で、聞こえる仲間の声が背中を押す。その中で聞こえたのは、耳馴染みのある声だ。春までは誰彼構わず全力で応援してくれていた。夏だって多少の遠慮はあっても此処までちゃんと届いていた。
「伊佐敷純!大好きだー!!!」
「うるせぇ。」
「私のことからは逃げてもいい、でも、野球から逃げるな!!」
「…逃げてねぇ。」
「自分の打ち込んできたものから目を背けんな!」
「背けても…ねぇよ。」
「一緒に頑張ってきた仲間や時間はなくならねぇだろ!なかったことにすんな!胸をはれ!無駄じゃない!」
「…っ」
「頑張れ!負けんな!絶対にまけんな!!」
それは胸に響き離れない。
熱いものが込み上げてくる。悲しいからでも情けないからでもない。嬉しいからだ。
よく聞いてたじゃねぇか、なんでこんなになるんだよ…いつもの呆れるほどの惜しみないエールだ。
「ちっ…いつもいつもうっせぇよ、みやび!」
打って、投げて、走って、掴む。
一つのアウト取るためにどれだけ練習したと思ってやがる。
一つでも多く塁に出て、一つでも多くチームに点を入れるためどれだけバットを振ったと思っていやがる。
捨てられないんだよ。その先に道はなくてもやってやるよ。見てきてやるよ。
お前らが俺達が見えなかったところまで進んでいくなら、俺はその先を行ってやる。足掻いてやる。
そんな風にまた何糞で後輩に偉そうなこと言いながら、やってやるよなんて気持ちになったのは俺が大学に合格したあとの雪の日だった。
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