▼ 安易ならば瓦解する
見に来た映画は、流行りの俳優陣が出ていて原作がいい分あまり期待はしていなかった。ここが違うとか、カットし過ぎとか、改変してんじゃねーよとか思ってしまうから楽しめないんだよな。でも、評価サイトでは最後まで見てほしいと意外と評価は高かった。
ジュース2つととポップコーン1つで準備して、館内へ入るとカップルの多さに引いた。こればかりは同じ気持ちだったのか、呪いの呪文のように私達は友達と繰り返し唱えている浦井には更に引いた。
友達か…
_..
死なないでほしいと叫ぶ、女の姿がスクリーンに映し出されたときに館内から悲鳴が聞こえた。上映されて最初からこれじゃあ先が思いやられると思った。だって、これじゃあ、誇張のし過ぎというか…隣の浦井も、え…と声を漏らしていた。
それでも、見ていくと怖い要素はあまりなく、序盤のコメディを掴みにして、段々登場人物に感情移入できる流れとなっていた。もしかしたら原作越えしそうだなと、コーラを流し込んだ。
『じゃあ、好きって言いなさいよ。』
ヒーローが意地を張り最後の最後までこの言葉を言わなかった。血だらけになってもヒロインを守る姿は痛々しくて、序盤の死なないでほしいという台詞に繋がった。愛の言葉を全く語らなかったヒーローは本当に伝えたくなかったのか、はたまた伝わっているとでも思っていたのか。このヒロインには伝わっていたようだから安心出来たけど、察せない鈍感な奴なら無理だ。
啜り泣く声が、館内から聞こえてくる。エンドロールはヒーローのヒロインに対する愛の歌だった。
俺は、もし物語のヒーローだとしたら伝えられないまま死んでいく役になりきれるだろうか。…あいつは、伝えなければ、わかってはくれないように思う。
あいつは大人だよ。と哲は言っていたことを思い出す。浦井は泣きじゃくるわけでもなく、ただじっとスクリーンを見つめ涙を流していた。
「あの…さ、…面白かったな。映画。」
軽くなった心、仲間の後押し気持ちはできていたはずだった。伝えさせてほしかった。
でも、その時、声にならない声に誤魔化してしまった。みやびと俺の口から出てこなかった。
名前が呼べなかった。
みやびなんて頭の中で死ぬほど繰り返してた。なのに、なんで、俺はまだ…
___『純くん、てんとう虫って…』
脳裏に過る幼いあの子に、頭が真っ白になって言葉が、気持ちが死んでいった。
「うん。私、あの映画見て、私は伝えられてよかったと思ったよ…言葉に何もせず死んでいくなんて、言葉にしなくても伝わるなんて思わないでほしかった。…純くん。質問。」
「…」
「野球…辞めたりしないよね?」
「…」
「答えてよ。」
「辞めねぇよ。」
俺の答えを聞いて浦井の顔が歪んだような気がした。なんとなくわかっているのだろうか。
俺は簡単にはやめられない。でも、どうしたらいいかわからない…
_..
哲が相談があると言ってまたクラスに来ていた。この前と比べて話し方に余裕がない感じがして違和感を覚えた。
「…あと、純、監督の件でこの後皆に話がある。」
「ん、分かった。声みんなにかけてくるか?」
俺達はそれぞれ携帯で連絡したり、直接声にかけに向う。皆、不思議そうな顔をして何だ何だと集まってきた。寮でも顔を合わせるやつも多いから、そこでもいいはずなのにと俺も理由がわからなかった。
自分の席に座り、立ったまま神妙な顔で皆を待つ哲を眺める。哲は高卒でプロには行かないと言っていた。尊敬する監督の母校に行くと聞いたとき、あの試合をまだ引きずってる俺は複雑な気持ちだった。先を決めていく皆が羨ましい。俺は野球を続ける道と踏ん切りをつけ違うことをする道のどちらも選ばずにいた。だって、長年の夢だったんだ。
そんな、揺らいでいた秋口のある日、俺達の耳に届いたのは悪い話だった。
今の監督の話を聞いて、監督が辞めるなんて信じられなかった。
何故?なんてただ聞くだけの子供のままでいられたらよかったのに、もう察してしまうだけの頭は持っていた。俺達のせいで、俺達が甲子園にいけなかったせいで、監督は学校側からプレッシャーをかけられていたのかもしれない。9回裏、あの球を俺が取れていたら未来は変わっていたのかもしれない。今日もあの日の夢を見た。心臓が掴まれたみたいに痛い。
皆でどうすれば良いかを考えた。引退した俺達が監督のために何か出来ること、それはとても小さいことだ。それでもやらなきゃいけない。卒業後、監督がいないグランドを見たくない。
成績が奮わない彼奴等に技術的なことも含めて後輩達に教えてあげれることはある。引退試合の時期を早めることを選択した。後輩に発破をかけるには丁度いい。ちょっとでも気を抜いたら半殺しにしてやる。
みんな、誰に言われるでもなく、身体だけは動かしていた。続けてきた素振りはやめられなかった。簡単に野球からは離れられない。高校生活全てを懸けてきたんだよ、俺達は。だけど、色んなもん背負って戦えるのも夏のリベンジが出来るのもお前達しかいないんだ。
歯痒さに、食堂で顔を合わせる彼奴等を見て、自然と眉間にシワが寄った。
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