▼ 君を守る最適解
朝、教室につくと亮介と浦井が一緒にいた。何かを話していたのか気になるけど、気まずい気持ちが勝っている今は話しかけられない。もう、俺達はこのままなのだろう。
自分のそんなどこか遠くから眺めたような考えに胸が痛む。でも、これでいい。これが最善策な筈だ。
「もうちょっと早く来ればよかったのに。」
「は?」
そう言う亮介は俺を一瞥すると、自分の席に戻っていった。
一人になった浦井は単語帳を開き、勉強をし始めていた。アイツは頭の悪い言動が多いから、頭が良くないように見られがちだ。けど、俺より成績ははるかに上の方だ。浦井は分からない所はそのままにしないし、出来るようになるまでやろうとするし、根気強い。真面目な顔をして勉強する姿は普段と違う。本当にこいつは見てて飽きないんだよな。きっと良いとこを目指してるんだろう。
俺は、遠く離れたその背中を見て目を細めた。
 ̄¨
初めて会ったときの印象はただの哲の友達だった。
浦井は2年のクラス替えからクラスメイトになり、騒がしいけどよく笑い、何かを起こしては周囲を巻き込む。気配りが出来るわけないから、人の作る壁みたいなもんをぶち破っていく。その底無しの明るさは不思議と人を惹きつけ、愛されていった。
俺はというと、クラスメイトからは怖がられるような第一印象、そのわりに話してみると思ってたのと違うとよく言われていた。だけど、あいつはあの頃からお構いなしだったな。
たしか、球技大会を過ぎた辺りからだった。話す回数が増えていったんだ。今思えば、あの時にはもう浦井は好きになってくれていたのかもしれない。
浦井が野球部を見に来るようになってOBの先輩方と話す姿に肝を冷やして怒鳴りつけた時もあった。そしたら俺が何故か怒られて、二人して正座してた時もあった。泣いて謝って俺のユニフォームを掴んで離さない姿がいじらしくて、何とも言えない気持ちになったな。お互いのためにと俺が勝手に考え太田部長に回収してもらうよう頼んだのはあの頃だ。
ただのクラスメイトから、お互いに馬鹿を言い合える近しい存在になっていった。だって、楽しかったんだよ、あのペースに巻き込まれていくことが。
でも、少し気になっていたみやびという名前がいやに目につくようになってもいった。
3年になったあの桜の一番見頃の時、お花見だなんだと言いクラスで呑気に笑っていたあいつ、そんな姿に油断した。一度目の告白の時、好意が向いていること気づいていたのにあえて遠ざけなかった俺を恨んだ。顔を赤らめながら俺を見る浦井は長い睫毛に大きな瞳、健康的な少し焼けた肌に薄化粧がよく似合っていた。俺の姉ちゃんは化けると書いて化粧に相応しい変わり様で、化粧よりもスッピンだろと思っていたけれど、その姿に素直に綺麗だと思った。そんな浦井はいつも思ったことをそのまんま喋ってるような奴なのに流石に緊張して口数が少なかった。
その時、どんなに浦井の手をとれたらよかっただろう。
でも、みやびを思い出した俺は耐えきれなくて適当な理由をつけて目を逸らした。みやびを忘れられないんだよ。
ふられたことには傷ついた筈だ。なのに、あいつはノコノコとまたグラウンドに来るようになった。俺と話しかけることもまともに出来なくなったくせに、どんどん暑くなる球場を短時間でも来ていた。
あんな広いスタンドで見つけてしまう。聞こえてしまう。
俺のためなのか、野球が好きなのか、それとも哲か…理由なんて分からない。でも、どんな形でも一緒に夏を駆け抜けてくれた。
それが本当はとても嬉しかった。
堰をきったような二度目の告白が俺にはとても痛かった。
少女漫画のヒーローの様に気持ちを不器用ながらにも表せられたらよかった。
止まれないだろお前も。気持ちをぶつけるしかなかったんだろ。俺だってそうだ。
同じように気持ちを伝えたい衝動に駆られた。
___『てんとう虫は天道虫って書くんだよ。』..
小学生の頃のちっちゃい傷だ。でも俺はそれを大事に絆創膏で隠し続けて、今じゃもう膿んできてる。触れられたくないし、見せたくもない。
俺のこの気持ちがいつか傷つけてしまうなら、お前が大事になってそばにいて離れたくなくなる前に、お前が好きでどうしようもなくなる前に俺から離れてくれ。
傷つけることしかできない俺を許さないでくれ。
『死んだんだよ。もう、みやびはいない。』
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